多気筒発動機の変遷

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「数が多くて嬉しいのは旅館の料理と試験の点数」と云うが、それは乗用車にも当てはまる…いうなれば多気筒発動機=マルチシリンダー・エンジンと呼ぶ奴である。

その源流は1886年登場のダイムラー&ベンツ単気筒が始まり…乗用車がフランスで商業化されると直ぐにレースが始まり、出力向上はもっぱら2気筒→4気筒…気筒数と気筒容積拡大だった。
で、1905年のゴードンベネット杯のフィアット競争車などは、実に1万6400cc/110馬力と馬鹿でかくなり、更に5年後には直四のままで2万8338cc/290馬力にまで発展する。実に一気筒あたり7Lという凄まじさだ。

馬力向上は気筒容積拡大という安易な手段はこの辺までで、次第にストロークをつめて髙回転に。さらに六気筒から八気筒へと発展する。そして14年に小型化のために登場した世界初の量産型V型八気筒はキャデラックに搭載された。

もっともV8が登場しても、直列八気筒は長いこと存続した。大容積と多気筒で、いつの間にか長いボンネットがステイタスシンボルになっていたからである。

いずれにしてもWWⅠが終了すると、飛行機用発動機で発達した技術のフィードバックで、乗用車用発動機は小型軽量化、また髙回転で出力向上と進化が加速する。

多気筒=ステイタスということで、31年、キャデラックは6L・V12・135馬力に加えて7.4L・V16・165馬力を同時に発表して世界を驚かせたが、斬新なOHV・45度バンクのV型はステイタスと共に、髙トルクと低重心の実現でもあった。

スタイタスの象徴ロールスロイスは、35年に7.3L・V12・160馬力を開発してファンタムⅢに搭載する。その前、英王室御用達のダイムラーは28年にV12をダブルシックスと呼んで売り出す。
米の高級車ピアースアローはV12派だったが、米リンカーンやパッカードはストレートエイトがトレードマークだったのは、長いボンネットがステイタスだったからのようだ。

一方で、大統領も好んだパッカードが、32年にV16を発表した頃、仏イソタフラスキーニはV12で、38年には英ラゴンダもV12市場に参入する。

V12気筒搭載のロールスロイス・ファンタムⅢ

それらの高級車用多気筒発動機の動弁機構は、サイドバルブ・OHV・スリーブバルブなど多彩だが、髙出力より静粛性・低振動などを目指したものだが、そんな豪華車達は不況到来の30年代、そして戦後の生き残り合戦でかなりの数が淘汰されてしまった。

が、多気筒エンジンはレース市場で活躍を始める…戦前の32年、既にダイムラーベンツはV12・6L・625馬力を搭載。戦後46年登場のフェラーリはV12気筒がトレードマークで、戦う各社も多気筒で挑戦を続けた。
 
 いずれにしても多気筒時代は峠を越し、近頃ではエコの名のもとに気筒数が減少、ダウンサイジングと称して小型軽量化エンジン+ターボで出力を稼ぐ時代になってきた。

 

車屋四六:1960年頃よりモーターマガジン誌で執筆開始。若年時代は試乗記、近頃は昔の車や飛行機など古道具屋的支離滅裂記事の作者。車、飛行機、その他諸々古い写真と資料多数あり。趣味はゴルフと時計。<資格>元JAFスポーツ資格審査委員・公認審判員計時一級・A級ライセンス・自家用操縦士・小型船舶一級・潜水士等。著書「進駐軍時代と車たち」「懐かしの車アルバム」等々。

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