昔自動車の広告は絵画だった-3

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メルセデスベンツ日本から貰った綺麗なポスター集紹介も,これで第三弾目となりました。
作者ルードビッヒ・ホルバインはダイムラーお気に入りの画家だったようで、多くの作品を残している、

これまで紹介したダイムラーは、レーシングカーか乗用車だったが、今度は貨物自動車。初めは1914年/大正13年のポスターだが、シンプルにアッサリとまとめられているがこれは例外で、ダイムラーのポスターは会社の方針か性格か、ライバルのベンツなどに対比して、かなり精密に書かれているのが常である。

1914年のダイムラー貨物自動車のポスター

当時ダイムラーの貨物自動車の生産はベルリンだったようだ。この車は荷台が幌で覆われている。同年代の乗用車を見ると既にラジェーターグリルはV字型に尖っているが、こいつは一時代前の姿だから貨物自動車は、旧型を流用しているのだろう。

絵でははっきりしないが、別の資料で同型は20/40PSとあり、屋根付きクローズドボディーといっても、ガラスは運転席前だけで、助手席は前方から吹き抜け。前照灯はアセチレンガス灯のよう。後輪はチェーン駆動。ラジェーターグリルにダイムラーと大書。

1912~13年のダイムラーのダブルデッカー型乗合自動車のポスター

次のポスターは1912~13年ころのバス=乗合自動車だが、ダブルデッカー-とあるから、二階展望型。下部に電車用レールが描かれているのは1902年に登場の市電用のだろう。

12年というと新鋭豪華客船タイタニック号が処女航海で沈没。
日本は明治から大正へと年号が変わった。そして14年にサラエボ事件からWWⅠに突入、日本はドイツに宣戦布告、前回紹介したようにモーリスファルマンで独領青島を爆撃する。ちなみに翌大正四年に、亀の子タワシの特許が成立している。

1916~18年のメルセデスのポスター:エジプトの風景を背景に、ダイムラー貨物自動車とメルセデス乗用車、そして空には大型爆撃機が描かれている。

さて三枚目は、図柄から見てWWⅠ中のアフリカ戦線だろう。
赤十字の病院車は一枚目と同じタイプのダイムラーだが、年式が新しいのか前照灯が電気に変わっている。が、運転席前だけガラス風防、助手席吹きさらしは進化なし。

一方、乗用車は、多分16年登場のメルセデス・カルダンワーゲン直四28/60PSだろう。当時V字に尖っているのは高級高性能車だから、指揮官クラスが乗る高官車ということになる。
上空には複葉の大型機が飛んでいる。独軍の爆撃機は16年登場のゴータG.IVとツェッペリンシュターケンR-VI、そして18年登場のツェッペリンの新型R.XIVaなどが知られている。
シュターケン四発R.VIのメルセデス直六260馬力は不調で、マイバッハV12/350馬力に換装するがこれも不調。で信頼性に富むマイバッハ直六/245馬力に換装、馬力低下を補うために五発に、これで2屯の爆弾を積みロンドンを空襲した。

 

車屋四六:1960年頃よりモーターマガジン誌で執筆開始。若年時代は試乗記、近頃は昔の車や飛行機など古道具屋的支離滅裂記事の作者。車、飛行機、その他諸々古い写真と資料多数あり。趣味はゴルフと時計。<資格>元JAFスポーツ資格審査委員・公認審判員計時一級・A級ライセンス・自家用操縦士・小型船舶一級・潜水士等。著書「進駐軍時代と車たち」「懐かしの車アルバム」等々。

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