いすゞ・FFジェミニ試乗記 【アーカイブ】

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ルマの販売に大きな影響を与えるのがTVCMだ。現在でも印象に残るCMは多いが、とりわけ日本車が元気だった80年代はCMもインパクトがあるものが多い。ホンダ・初代シティのムカデダンスや三菱・2代目ミラージュのエリマキトカゲなど、社会的ブームになったものも多かった。

その中で、クルマそのものの魅力をストレートに表現し、強烈な印象を与えたのがいすゞの2代目ジェミニだ。パリの街中を2台のジェミニが華麗に走り回る様は、もはや芸術の域。もちろんクルマそのものの出来も良く、この2代目ジェミニはいすゞ乗用車で最大のヒット作となった。

今回は、その2代目ジェミニ登場時の試乗記を紹介しよう。

<週刊Car&レジャー 1985年(昭和60年)6月8日号掲載>
いすゞ・FFジェミニ 4ドアセダンC/C試乗記

・いすゞ独自の商品

FFジェミニと呼ぶように、今までのFRジェミニも併売されるから、同じジェミニでもフルモデルチェンジではなく、全くの新種の誕生である。

いずれにしてもアスカも含め、GMの世界戦略カーのファミリー。だがFFジェミニは他の二車がドイツ・オペルの開発した車だったのに対し、FFジェミニの開発は全部いすゞの手になるというところがニュースである。ちなみに、GMの系列の中ではRカーと呼ばれている。

FFジェミニは4ドアセダンと3ドアハッチバック、エンジンは今のところ1.5Lのみと単純明快。なおFRの方はDOHCとターボディーゼルが生き残るようだ。

開発指標は「クオリティ・コンパクト」、平たくいえば「居住空間が確保できれば外観は小さくていい。走り、使い勝手に満足できれば高級な必要はない」というのである。

・非目立ちたがり屋

試乗してまず感じたのは、新車なのに町並みで視線が集まらない。目立たないのである。しかし、これは欠点ではない。目立たない車は、あきられない。長生きで古さを感じさせないという大きなメリットを持っている。

グレードはC/CとT/Tの二つ。試乗は上級なC/C。オプションのエアロパーツで前後左右をかためているから、かなり精悍。走りたがり屋のヤングをヤル気にさせるに充分な面構えだ。

現時点でエンジンは1.5LシグナスⅡのみ。新開発で、ひと昔前なら100kgを超えたものがわずか86kgは、このクラス随一の軽量。これが操安性に影響して、パワステでなくとも低速で軽いし、高速で曲折路を攻めても、実に気軽に回頭する。前輪荷重が軽いというものはいいものだ。

SOHC、キャブレターの組み合わせはオーソドックスだが、ピストンリングをたった二本にして摩擦を低下させ3馬力稼いだというが、アクセルに対するスムースな反応、吹き上がりの方が使い勝手に有難い部分である。

85馬力・12.5kgのトルクは、新ジェミニに対し充分で、バランスの取れたパワーだった。今時、3速ATには残念だった。加速にも少々元気がない、4速ならメリハリが付くだろう。試乗の5速MTは、元気一杯だった。

シフト感はFFとして上出来だ。フライングスタートでは、ホイールスピンしながら気持ちよく飛び出す。ステアリングもしっかりとつかめる。パワステだから軽いが、それがスポーツ感をスポイルしていない。クラッチが軽く扱いやすいのは女性にも喜ばれよう。

・秘訣はグリップ走法

前ストラット、後コンパウンドクランクで四輪独立懸架は、最新ヨーロッパの主流である。乗り心地はかなりしなやかな味付けのためコーナーではロールするが、スムースな傾きで不安感はない。ほぼニュートラルに近いステア特性は、かなり攻めても持続する。リアの食い付きも立派なものでブレークしにくい。

万一ブレークしても、滑り出しが急でないから充分に対処できる。タックインが少ないから、FFらしく派手に回るよりグリップ走法を心がけた方が速いし、安全だ。フィーリングとしては、アスカに似ているかもしれない。

オフセットを感じないペダル配置は、FFとしては上出来。ATでは左足ブレーキが踏みやすい。

確かに広いキャビンだ。普通ならシワ寄せがいく後席に座ると、よくぞここまでと思う。足元も窮屈でなく頭に圧迫感もない。そして幅が広い。ガマンの三人掛けではない。

見慣れない横に切れ目の入ったシートを初め変だと思った。だが座ってみたら、まことに具合がいい。ちょっと硬めのタッチだが、滑りにくいしホールド力も高い。宮崎から快調に有料道路を走り、曲折した山岳路を登って、霧島屋久国立公園えびの高原あたりまでを往復、かなり走ったにもかかわらず、疲労が少ないシートだということも判った。

・後続車も楽しみだ

ちなみに、枕を引き抜いてフルリクライニングさせればフルフラットになり、ベッド代わりにもなる。4ドアはトランクスルーだから長尺物も積める。そしてトランク容量は352.5L。このクラスとしてはタップリサイズである。

キャビン内は、あらゆる隙間を有効に使いきって物入れが多い。小型車として必要なことを実現してくれた。

窓面積が広く明るいキャビンは、このクラスとしてはノイズレベルがよく抑え込まれているから、少々高いオーディオをオプションする価値もある。ちょっと見は目立たない新モデルだったが、革新技術を取り入れた内容は素晴らしい。やはりGMのグローバルカーの値打ちはある。このあと出てくるディーゼルとターボが楽しみなところである。

発売時の新聞広告。「街の遊撃手」はハンドリングの良さを表す名コピーだ

<解説>

「ジェミニ」は、ベレットの後継車として1974年に登場した小型乗用車。この記事の「FFジェミニ」はその2代目となるモデルで、1985年(昭和60年)5月13日に発売された。当初はモデルチェンジと同時にFR駆動の先代モデルを生産中止にする予定だったが、先代モデルに比べボディサイズが小型化されたことやキャラクターの違いから急遽変更され、FFジェミニ登場から2年後の1987年まで初代と2代目が併行生産されることとなった。

FFジェミニは、サイズ的にはトヨタ・カローラ/スプリンター、日産サニーと同クラスとなるモデルで、世界に通用する品質と性能を持つ新型乗用車「クオリティ・コンパクトの追求」をコンセプトに開発されたモデルで、オペル・カデットをベースに開発された初代ジェミニとは異なり、いすゞが独自に開発したモデルである。ターゲットユーザーとしては20代後半から30代にかけてのヤングファミリーと女性としており、ユーザーが高齢化したFRジェミニから若返りも狙っていた。なお発売時のいすゞ乗用車の月販目標は、FFジェミニ3500台、FRジェミニ500台、アスカ2000台であった。

ボディタイプは4ドアセダンと3ドアハッチバックの2タイプを設定。発売時のグレードは4ドアセダンがC/C(シック&クラッシィ)、T/T(ツーリング&トランスポート)の2グレードで、3ドアハッチバックはC/Cのみの設定、それぞれに5速MTと3速ATを用意していた。

カローラ、サニーなど競合が多く、また販売力では劣るいすゞだけに、発売時は月販目標の達成も危ぶまれたが、キャッチコピー「街の遊撃手」を視覚化したテレビCMの反響も大きく、発売後は予想を超える大ヒットモデルとなった。

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