ガソリン内燃機関の誕生

コラム・特集 車屋四六

猿も力が欲しいと石を掴み棒を持つ、ということは道具を使う知恵があるわけだが、猿より賢い人間が、非力だと悟ったことで、あらゆる知恵を絞ったとしても不思議はない。で、人間は沢山の便利な道具や力の代用品を生み出した。

地域により象や駱駝などもあるが、昔非力な人間は足りない力の補助に馬と牛を選んだようだ。が、人とは恩知らず、蒸気機関の出現でアッという間に乗物としての馬は首になった。
もっとも馬に世話になったのは、ご先祖様達で、我々は無関係とばかりに「けとばし」などと云ってムシャムシャ食べているのだから、ご先祖様をとやかく云えた義理ではないが。

蒸気機関も内燃機関が登場すると徐々に捨てられるのだが、その内燃機関で走り出したのが自動車…1885年、世界で初めてゴットリーブ・ダイムラーのガソリン発動機が始動し、それで走ったのはオートバイだった。

ダイムラーの史上初のガソリン機関の実走実験のために製作した木製オートバイ/1885年11月:単気筒・0.5馬力

一方、三輪・四輪、常識的自動車の方はカール・ベンツだが、僅か数ヶ月遅れで世界初を名乗れず、世界初はダイムラーに、更にガソリン自動車の起源もダイムラーということに。

数ヶ月の差で世界初を逃したベンツの三輪乗用車:特許取得翌年の1986年/明治19年パテントモトールワーゲンの名で販売/これが自動車産業の始まり。

いずれにしても二人は偉大な科学者だが、性格的にはかなり違いがある。ベンツは優れたエンジニアであり優れた経営者でもあり、自動車が完成する前に特許を取り、将来の利益確保をした。

一方ダイムラーは、1885年にバイクが走ると、86年にはネッカー河でスクリュー船走行に成功、さらに88年には飛行船をと、科学者として興味を持つと商売そっちのけでチャレンジした。

現在ベンツの紋章スリーポインテッドスターは、周りを囲む月桂冠はベンツだが、中心のスターは、発動機の将来目標を陸・海・空と定めたダイムラーの紋章で、後年、ベンツとの合併で星を月桂冠が囲んだのである。

スポーツの世界では優勝こそに意義があり、二・三位は悔し涙、四位以下にはメダルもない。科学の世界も後世に名が残るのは世界初だけ。第一号というのが貴重な勲章で、この名誉は努力と共に多分に運も必要…一日の差で名誉は手からこぼれてしまうのだ。

さて内燃機関に関連する{初}を整理してみよう。自動車と船、飛行船はドイツで、そのどちらにも携わったダイムラーは偉大な人物というほかはない。

1888年ベンツの妻ベルタは夫就寝中に100㎞程先の実家に出発/燃料補給は転々と薬局で(染抜ベンジン)/長い降り坂後には靴屋でブレーキに革を張らせ、無事到着。これが世界初長距離運転そして世界初女性ドライバー誕生/ベルタの提案で変速機が一速から二速に進化し登坂が楽に、ブレーキがパッド付に

 

車屋四六:1960年頃よりモーターマガジン誌で執筆開始。若年時代は試乗記、近頃は昔の車や飛行機など古道具屋的支離滅裂記事の作者。車、飛行機、その他諸々古い写真と資料多数あり。趣味はゴルフと時計。<資格>元JAFスポーツ資格審査委員・公認審判員計時一級・A級ライセンス・自家用操縦士・小型船舶一級・潜水士等。著書「進駐軍時代と車たち」「懐かしの車アルバム」等々。

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