悲劇のマハラジャとダイムラー

コラム・特集 車屋四六

モノクロ写真は無塗装飛行機のようなジュラルミン肌ではない。カラーでないのが残念だが、ボディーを洋銀で仕上げた特注品である。オーナーは、英領印度REWA国で1922年に王位を継いだ、第34代マハラジャのグラブ・シンである。

当時、宗主国英国の御料車がダイムラーというのは、ジョージ七世以来の伝統で、英領各国元首は勿論、その他の世界各国も採用、日英同盟で親密だった日本も大正12年に日本初の御料車としてダイムラーを採用…またWWⅡ後にストレイトエイト1953年型リムジンも輸入採用している。
ちなみにロールスロイス英王室公式採用は現エリザベス女王から。

 

WWⅡ後に輸入のダイムラー・ストレイトエイト・リムジン1953年型:プリセレクタードライブ半自動変速機・前と後部ドアに菊の御紋章。

シン王の領土は、産物の松ヤニと虎で知られる国で、狩猟好きの国王は、このダイムラーで虎狩りに出掛けたと聞く。写真では右フェンダーに口を大きく開いた蛇が居るが、これは警告ホーンのラッパ開口部…ちなみに国民は蛇をあがめていた。

このダイムラーは直列六気筒3バルブ45馬力。当時の習慣で高級車はシャシーのみ販売で、1926年の購入価格は1400ポンド。そして銀製ボディーを架装したのが英国パーカー社なので、この車の呼称は{ダイムラー・パーカー・サロン・カブリオレ}。

ちなみにダイムラーという会社は1893年創業だが、自動車製造は悪評だった赤旗法が廃止された1896年に自動車製造を始めた。いずれにしても英国きっての老舗で、車好きのジョージ七世が1900年/明治33年に王室御料車に制定した。

1865年制定の赤旗法とは、蒸気自動車が騎馬や馬車を驚かせぬため、街中走行は時速4マイル以下で赤旗orランプを持つ従者が先行、自動車接近を予告せよという法律…内燃機関自動車が登場すると、運転手+機関士+車前方を赤旗ということになる。

さて、シン王の車は、王妃が座る側の窓は磨りガラスで外から顔が見えない工夫がされ、車外ステップには狩猟時に従者が座る取外し式椅子が、またインパネには狩猟地の悪路に備え傾斜計が装備されていたと聞く。

やがてシン王に悲劇が起こる…1942年政治的陰謀により、宗主国英国は殺人と贈収賄罪で告発、加えてロンドンに国家財産1000万ドルを秘匿したとして、国外追放の刑を科したのである。

その後の王様の詳細を私は知らないが、銀のダイムラーも行方不明になったため詳細は不明。車は1970年ジャングルで発見されたが搬出が難しく、登場したのが四頭の象だったと聞く。
(注*本文ではダイムラーだが、ドイツダイムラーとの提携で英ダイムラー創業なので、ドイツと区別するために、英国ではディムラーと呼んでいる。)

ダイムラー・パーカーサロン・カブリオレ/1926年:幕張で1991年にクラシックカーオークションが企画され参考出品された中の一台/ちなみに各国から素晴らしい車を集めたオークションは、準備完了→開催寸前にバブル崩壊で流れてしまった。

 

車屋四六:1960年頃よりモーターマガジン誌で執筆開始。若年時代は試乗記、近頃は昔の車や飛行機など古道具屋的支離滅裂記事の作者。車、飛行機、その他諸々古い写真と資料多数あり。趣味はゴルフと時計。<資格>元JAFスポーツ資格審査委員・公認審判員計時一級・A級ライセンス・自家用操縦士・小型船舶一級・潜水士等。著書「進駐軍時代と車たち」「懐かしの車アルバム」等々。

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