天上天下唯我独尊トラクションアバン

コラム・特集 車屋四六

天上天下唯我独尊=テンジョウテンガユイガドクソンは釈迦の言葉だが、種々の解釈がある。{世の中自分だけが尊い他人は他人・自分は自分}と解釈する説もある。

そんな解釈なら、印度からは遠いフランス人にも通用しそうで、車の世界にも好適人物が居る。ブガッティとシトロエンがその良い例だと思う…良く云えば個性的、悪くなら変わり者、自分の主義主張で一人よがりな車を、周りの目を気にせずに送り出すのだ。

もっともフランス人達は、食わず嫌いをせず、変わり種も受け入れる資質があるようで、理解困難な芸術なども育つのだろう。ちなみに日本人の気質は「みんなで渡れば怖くない」のようだ。

車社会で代表的変わり種なら、車を芸術作品にしようとしたブガッティ、そして合理的機能を追求したシトロエンだろう。
シトロエンは「車は押すより曳く方が合理的」と、1934年に発表したのが前輪駆動7CV=トラクションアバンだった。

パリのシトロエン収蔵庫にはその初代から最終モデルまでが保存されおり、写真を撮れと初期型11CVを表に出してくれた。また20年後の最終型は窮屈な収蔵庫でなく、北京自動車ショー参考出品車の方が良いので、それにした。

外観の基本的姿が20年間変わらないのは驚異だが、収蔵庫で見た54年型は車高が少し低い。こいつは外見同じでもリアサスが次世代機構で仕上げられていたからだった。

55年のパリサロンに登場、世界の注目を浴びたシトロエンDSの斬新サス、そのハイドロニューマチックが54年型の後輪に組み込まれ、いうなれば実走試験で実用性を確かめたようだ。
その油圧が抜けてDS同様車高が下がり低く見えたのである。

1954年型最終モデルの後輪は次世代DSに採用され世界の注目を浴びたハイドロニューマチック・サスペンション付、長時間駐車で油圧が抜けると車高が下がる/北京自動車ショーにパリから空輸展示されていた

今見ると、クラシックが素晴らしい、と云うことにもなろうが、生まれた頃は、およそ当時の常識からは外れた変な姿の前輪駆動車だったのだが、走ってみれば意外な性能で、英国でも生産された。

当時では非常識、シャシーが無いモノコックボディーと前輪駆動が、極端な低重心を実現、四隅一杯の車輪と相まってコーナリングの安定が抜群で、警察御用達になり、戦前戦後の映画にちょくちょく顔を出した…名優ジャン・ギャバンが刑事の時はトラクションアバンで追い回し、ギャングの時は逃げ回る場面を想い出す。

始めて乗ると、低重心とワイドトレッドによる異次元の旋回性能に感心する。「乗って走れば誰でもグランプリカーのコーナリングを味わえる」と評論したのは、英国の自動車雑紙。

完全なモノッコックの箱から前方に突きだす片側二本の鉄製丸棒先端に発動機+冷却器+変速機+前輪機構が一体化:奥のアズキ色は後部の蓋を開けると+二座席の珍しいクーペ

友人鍋島俊隆は二台の11CVを持っていたので、良く借りたものだが、思いステアリングに馴れさえすれば、独特な走りが愉しく、インパネから付きだした三速のシフトレバーで、調子に乗りすぎるとテイルを外に振り出すタックインに見舞われた。
また当時未完成な等速ジョイントが、発進停止が多い日本の道路環境では摩耗が激しく、修理に金がかかるというのも欠点だった。

WWⅡ戦前の初期型シトロエン11CV トラクションアバン

写真
1.WWⅡ戦前の初期型シトロエン11CV トラクションアバン:パリ郊外収蔵庫の前で撮影。
2.1954年型最終モデルの後輪は次世代DSに採用され世界の注目を浴びたハイドロニューマチック・サスペンション付、長時間駐車で油圧が抜けると車高が下がる/北京自動車ショーにパリから空輸展示されていた。
3.完全なモノッコックの箱から前方に突きだす片側二本の鉄製丸棒先端に発動機+冷却器+変速機+前輪機構が一体化:奥のアズキ色は後部の蓋を開けると+二座席の珍しいクーペ。

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