イスパノスイザの血を引く超高級なペガソ

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1991年は平成3年、日本はバブル絶頂で浮かれまくっていた。購買力ある日本らしく自動車ショーでも、各国力の入れようは並大抵ではなく、スーパーカー、F1、コンセプトカー、元気が出始めた韓国の現代や起亜、そして私の一番の出会いはペガソだった。

話変わって昔高級豪華なイスパノスイザという乗用車があった。フランス車と思っている人が多いようだが、実はスイス人マルク・ビルキクトがスペイン・バロセルナで造り始め、後にフランスに移転したからだ。が、スペインのイスパノは国営になりトラック造りで生き残り、其処でペガソが生まれた。


WWⅡが終わって1950年、ペガソ102Zが誕生する。
90度V型八気筒DOHC・2472cc・165馬力/6500回転・全長4100㎜×全幅1600㎜・WB2340㎜・車重約1屯・100ℓという大型燃料タンクが話題になった。

当時の一流スポーツカー、ジャガー、アストンマーチン、マセラティ、フェラーリなどにも引けをとらぬ性能だったが、53年には2.8ℓ・210馬力を搭載してZ102Bへと進化し、最後にはスーパーチャージャー装備で280馬力も登場している。

ペガソの開発目標は超高級高性能だが、その目的は世界で一握りのスポーツカーが好きな金満家狙いだった。その値段は、当時量産では代表選手のシボレーの廉価版$1000の頃、最低でも1万ドル、2万ドルは当たり前、ニューヨークショー出品車は金張りにミンクのシートで、そのお値段なんと5万ドルだった。

もっとも高価格は当然で、戦前の高級車同様、一台毎、各国コーチワーカーの一品製作だったから。そして今ではコレクター垂涎のアイテムだが、手に入れにくい超珍品というのも、51年~58年迄、生涯の生産量が、たったの125台だからなのである。

ペガソの先祖スペインが生んだ超高級車イスパノスイザH6Cレーサー/1925年製:ベントレイのレーサーなどと張り合う姿が目に浮かぶようだ。

 

車屋四六:1960年頃よりモーターマガジン誌で執筆開始。若年時代は試乗記、近頃は昔の車や飛行機など古道具屋的支離滅裂記事の作者。車、飛行機、その他諸々古い写真と資料多数あり。趣味はゴルフと時計。<資格>元JAFスポーツ資格審査委員・公認審判員計時一級・A級ライセンス・自家用操縦士・小型船舶一級・潜水士等。著書「進駐軍時代と車たち」「懐かしの車アルバム」等々。

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