【車屋四六】ビューリーの古城と博物館

コラム・特集 車屋四六

BEAULEUと書くが、現地の人はビューリーと発音する。ロンドンから出かけたのだから当然英語である。其処には有名な自動車博物館があり、オーナーが招待してくれたのである。

博物館のオーナーは、来日したこともある英王位継承で何番目かという貴族、ロード・モンタギュー公。62年初来日後30回ほども来日した親日家。日英親善に尽くし、英国博ではロールスロイス・シルバーゴーストを持ち込みマニアの目を楽しませてくれた。

いずれにしても、初めての英国訪問だったが、グッドイヤー社の大橋宣伝部長とロンドンからビューリーまでの二人旅は、まさに弥次喜多珍道中みたいなものだった。

昭和41年頃の日本は外貨持ち出しが不自由な時代だったが、僅かな旅費から「話の種に」と、大枚をはたいて乗り込んだのは、料金が一番高い客車だった。ひと足ごとにブ厚い絨毯に靴が沈み込む客室は、映画で見たオリエントエクスプレスのように磨き上げられたマホガニーで飾られ、左右二列に並んだ丸く立派なテーブルは白い麻のテーブルクロスで覆われていた。(写真トップ:一等車の客席に坐る筆者:ロンドンからサザンプトンまで。右の紳士は白いテーブルクロスが掛かるテーブルでお茶を飲みながら外を見ている)

床に固定されていない椅子は、由緒ある家の応接間にあるのと同じで、遠くの席にはいかにも金持ちという風情の紳士が、朝食を取りながら談笑している。クラシックで豪華な椅子に腰を下ろすと「グッドモーニング・サー」と白服のウエイターが来た。私達は、長閑なハイドパークを乗馬で散歩する姿を眺めながら、ホテルで朝食を済ませていたので、とりあえず紅茶を頼んだ。

此処までは何事もなく「次はサザンプトン」と知らせてくれたウエイターが開けてくれたドアからホームに降りた。話の種の贅沢列車旅はこれで終わり、乗り換えたビューリーに向かう列車は普通列車で普通の客車だったが、それが馬鹿げた話の始まり始まり。

幾つかの駅に停まったあと、汽車は徐行してビューリー駅へ。で、降りようとしたらドアが開かない。そのドアには何処を見ても探してもドアノブどころか、開ける装置も見つからない。慌てまくって数分が経った頃、無情にも汽車は走り出した。ふと外を見ると、私達を迎えに来たのであろう革の長靴を履いた運転手が立派なロールスロイスの脇に立ち、改札口を見張っていた。

情けない格好の二人はドアの側で思案投げ首!?。と、そこを車掌が通りかかった。

「ドアが空かないので降りられなかった」「何処から来た」「日本から」「日本の汽車にはドアが無いのか」「ドアはあるが自動で開閉する」「乗降客がいない時のドアの開閉は無駄だと思わないのか」と云いながら開け方を教えてくれた。

ドアノブが無いのは子供の危険防止のため「こうして窓ガラスを下げてから、外に手を出してドアノブを回せば開くのだ」。良く見れば、ドアガラスの上部には幅いっぱいに指先が引っかかるほどの出っ張りがあった。ようやく一つ先のブロッケンハースト駅に、無事に降りられて目でたしめでたし。

その足で、ビューリーへ連絡を取ろうと駅事務所に行ったら「公用電話だから貸せない」とニベもなく断られてしまった。

「実は急いでモンタギュー家に電話を掛けたいのだが」と話した途端に駅長の態度が変わる。さっきまでの汽車の車掌と同様、未開人を見るような駅長の目つきが変わった。「公用電話はただだから好きなだけ使いなさい」ビューリーとの電話のやり取りを側で聞いていた駅長は、電話が終わると「タクシーを呼んであげよう」と手配までしてくれた。

モンタギュー家の玄関に着きタクシー代を払おうとすると「駅長が払うと云っていっていたから」とさっさと帰ってしまった。で、電話代、タクシー代共にタダになってしまった。

モンタギュー家の客だと判ると、10数年前の敵国日本人に対する感情もとたんに消えてしまう田舎の純朴さ、と感心した。ロンドンに帰ったら「御領主様の御威光さ」教えられた。

着いたばかりの城の庭では、何処かの雑誌屋らしいのがロールスロイスの写真撮影をしていた。1909年型ロールスロイス、シルバーゴースト、40/50馬力は7068㏄直列6気筒。恒例で馬力の表示はない。(写真右:フライングレディーは、今でも使われている有名なロールスロイスのマスコットだが、羽が生えたスッポンポン女性はモンタギュー公の秘書とも愛人とも言い伝えられている)

その車には見覚えがあった。英国博覧会の時に、モンタギュー公と共に来日していたからだ。こいつはモンタギュー自動車博物館の目玉の一台でもある。

ちなみにシルバーゴーストはトヨタ博物館にも所蔵されている。

ロールスロイスは昔から馬力表示をしない。質問があると「必要なだけ」と答えるそうだ。もうひとつロールスロイスの象徴、ラジェータートップのマスコット、通称フライングレディーは、先代モンタギュー公の秘書とも愛人とも云われている。

モンタギュー自動車博物館のガイドブック:表紙のロールスロイス・シルバーゴースト1909年製に乗るのはロード・モンタギュー公。上部に置いた青いパスがVIP用