【車屋四六】ウオルバーハンプトンで見つけた植木屋の姿

コラム・特集 車屋四六

昭和41年、ロンドンを訪れた時、グッドイヤーの英国工場見学ができるというので、車で1時間ほどだったろうか、ウオルバーハンプトンに出かけた。

歴史があるだけに建物は古びていたが、中に入ると、整然と並んだ機械から、流れるようにタイヤが出てくるのを見て、発展途上の日本の工場より、かなり進んでいると、感心した記憶がある。

一回りして外に出ると、工場の中なのに、もう一つ高い塀に囲まれた工場があるのに気が付いた。直感で、何かありそうなので、取り敢えず聞いてみた。

「此処だけは私でも外部の人を入れられないんだ」と、案内をしてくれた社長が、済まなそうに云うので、あきらめかけたら、遠くからニコニコと笑いながら手を振り、近づいてくる男がいた。

「ロンドンに来るなら何故連絡しないんだ・知らせてくれれば迎えに行ったのに」。鈴鹿で、お茶を飲んで別れたきりの、フレッド・ギャンブルだった。

「どうせならレーシングタイヤ造りも見ていったら」と先に立って歩き出した。「なんだフレッドの知り合いか・なら早く云ってくれれば良かったのに」と、社長に背中を押されて歩き出した。

工場の中だというのに、高い塀にはゲートあり、気むずかしい顔のガードマンが、やおら制止した。首から提げた、出発直前に買った最新型一眼レフ、キャノン・ペリックスを指さし「カメラは駄目だ」と云うのである。

キャノン・ペリックス:出発直前パスポート提示で免税購入。ミラーがない画期的一眼レフ。ミラー跳ね上がりのショックがなく常に対象物をファインダーで確認できる素晴らしさとは裏腹にファインダーが暗く不評だった

「この日本人はスパイじゃないよ」振り向いたフレッドの一言で、ガードマンは黙ってしまったが、途端に社長が不機嫌になった。

「フレッドお前はひどい奴だ・この前私が友人を連れてきた時にはカメラを取り上げたじゃないか」とブツブツ云いながら、フレッドが、レーシングタイヤ部門の最高責任者だと教えてくれた。

その工場に、もちろん社長は自由に出入りできるが、見学者は、フレッドの了承が必要なのだと云う。

レーシングタイヤ工場は、ついさっき見たオートメーション化された一般タイヤ工場とはまるで違っていた。とにかく、雰囲気も、空気も違うのである。設置された機械は、一時代古いのではないかと思われるようなもので、室内のあちらこちらに不規則に置かれている。

見てきたばかりのオートメーション工場が、フル稼働で働いている午前11時頃だというのに、椅子に座ってノンビリとしている奴の前のテーブルには紅茶が。かと思えば、窓際で煙草をくゆらせている奴。ようやく機械の前にいる奴を見つけたら、ボンヤリと考え込んだまま何もしていない。

とにかく、各自、さまざまにボンヤリ状態。「やっぱり驚いているな・彼らは長年この工場に勤めたエキスパートばかり・レーシングタイヤにはミスが許されないからノルマがない・気分が乗った時だけ仕事をすればいいのだ」とフレッドが説明してくれた。(写真トップ:GY社ウオルバーハンプトン工場でレーシングタイヤをハンドメイドするエキスパートのタイヤ職人。それを見る筆者)

気が乗らなければ、一本も作らない日もある。夢中になると夜中までやっていることもある。好きな時に来て、好きなだけ作って帰る。だから、彼らにはタイムカードもないと云う。

流れ業に従事している連中で向上心のある奴は、なんとか認められて、レーシングタイヤ工場に行きたい。で、この工場は、ステータスな憧れの仕事場なのだと云う。

そう云われて彼らの顔を見ると、一流の域に達した人達だけに共通の、あの特有な顔つき目つきをしている。一流の職人や芸術家に見られる、物の奥を見通すような澄んだ瞳である。

ボンヤリとお茶を飲んでいた英国職人が、腰を上げたので見ていると、部屋の片隅の材料置き場に行って、ゴムやナイロンのシートを何枚か切り取ってきた。

それを作業台の上に丁寧に広げると、気むずかしい目つきで、定規を当て、鮮やかな手つきでカットしていく。今度は、それに糊を塗りながらドラムに貼り付けていく。

その寸分の狂いもなく貼り付けていく見事な手さばき、その姿には、先ほどまでの、怠け者のようなノンビリした姿からは想像できない厳しさが感じられた。

ひと回り貼り付けると、今度は別のシートを貼り付け、それが何層か繰り返して厚みが増すと、次の工程は、釜に入れて加熱する。釜から出すと、トレッドパターンが刻まれたタイヤの完成となる。

一層張り終わると、糊が乾くまでは閑と見えて、またボンヤリ姿に変身するが、その姿、その顔つき、何処かで見たような気がすると思ったら「そうだ・日本の植木屋がボンヤリしている時の姿、目つきだ」と気が付いた。

はからずも、イギリスで植木屋を見つけた、というより職人気質に触れることができたわけだが、そのあと「少々遅くなったが」と昼食に誘われた。

昔はこの地方の領主が住んでいたというGY社のクラブは、えらく豪華な館で、玄関に土佐犬より大きな犬が寝そべっていて、私の顔をジッと見上げる。嫌な予感がしたが生来の犬好、手を出して身をかがめると、やおら立ち上がって尻尾を振りながら近づいてきた。

「この犬は人の善悪を見分ける・貴方は歓迎すべき客と認めたようだ」と、GY社幹部が笑い顔で云ったが、多少のゴマすりが含まれていたようだ。

釜から出てきた完成タイヤは冷えるのを待つのか時間経過を待つのか、此処に集められる。それを眺める筆者。触るとかなりな高温だった