ERAと呼ぶクルマを知ってますか

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2013年、バンコク自動車ショーで訪れタイは、ラーマ九世プミポン国王の優れぬ健康で何処か沈んだ雰囲気だった…例年会場正面を飾る国王の肖像写真も肖像画で寂しさを漂わせていたが、そのご小康状態を繰り返し2016年に極楽への旅路につかれた。

2013年のバンコク国際自動車ショーのエントランスを飾っていた、ラーマ9世プミポン国王の肖像画。

そんな2013年、国王の肖像画の裏側に展示されていたのがERAという皆さん聞き慣れないであろう競争自動車だった。
ERAは、English Racing Automobile(1934年~1952年)という社名の頭文字で、名門ライレイから発展したレーシングカーメイカーだった。

このころ欧州では、金が掛かりすぎるGPカーではなく、安価な小型レーシングカー、いわゆるヴォアチュレットレース、いまならFⅡといったところのレースが盛んになってきた。

1283話で登場したマセラティ6C-1500もヴォアチュレットで、フランスのドラージュ直八1.5ℓなども活躍する場だった。そんなレース参戦に登場したのがERAだったのだ。

その一台が、バンコクの車で、詳しいことは調べられなかったが、当時英国に留学中のタイ王室のプリンスが、SIAMと誇らしげに書かれた車を駆って優勝した記念すべき車なのだそうだ。

ヴォアチュレットの趣旨である廉価仕上げということで、ERAは、ライレイの部品を多用し、直六OHV・1.5ℓからスーパーチャージャーで150馬力前後を引き出していたのだから、相当に高い技術を持っていたようだ。
ちなみに採用した変速機が、ランチェスター型四速プリセレクタードライブということは、プラネタリギアで現在のパドルシフトのような感覚の変速だから、レースには有利だったろう。

国王の肖像画の裏に展示されていたERA:評判では1934年製/マセラティ6C-1500より強かったと云われている。

ERAは、WWⅡ後も活躍して、52年にベルギー、英国、オランダなどで勝利を手にしたのは、後に名手とうたわれるスターリング・モスだった。

当時のヴォアチュレットレースのルールで、1.5ℓの他に、1.1ℓ、2ℓ、エンジンも搭載可能になっていた。
いずれにしても、そのERAが健全状態で残されていることは、戦争をしたことがない、賢いタイなればこその宝物と云えよう。

ERAの側面:革ベルトで閉じられたボンネット・ワイヤーホイールはセンターロック・空気抵抗低減考慮の後部紡錘形は燃料タンクを兼ねる。

車屋四六:1960年頃よりモーターマガジン誌で執筆開始。若年時代は試乗記、近頃は昔の車や飛行機など古道具屋的支離滅裂記事の作者。車、飛行機、その他諸々古い写真と資料多数あり。趣味はゴルフと時計。<資格>元JAFスポーツ資格審査委員・公認審判員計時一級・A級ライセンス・自家用操縦士・小型船舶一級・潜水士等。著書「進駐軍時代と車たち」「懐かしの車アルバム」等々。

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