フランスの高級車メーカー「ヴォアザン」を知っていますか?

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フランス高級車の御三家となればブガッティ、イスパノスイザ、そしてヴォアザンだろうが、元は飛行機会社で1905年/明治38年に世界初の飛行機工場をパリ郊外に建てた会社だった。
ボアザンは品質が良く評判が良かったが、WWⅠでは他社の革新的進歩に追い付けなかった。が、プロペラ後部のプッシャー型は機首からの視界の良さで、戦闘機から爆撃機に転身して低速ながら爆撃や機銃掃射で活躍、2000機以上が軍に納入された。

WWⅠ初期に活躍したヴォアザン:エンジンは強力だったが進化する敵戦闘機には勝てず爆撃機に転向/上翼の紡錘形は燃料タンク

が、終戦後、飛行機は殺戮兵器だと嫌気がさし、自動車製造に転向して、1920年にC1を世に出す。そのエンジンはコストが高いスリーブバルブ型で、30年にはV型12気筒にまで発展させる。
また21年にはレースにも目を向ける。登場したC3/4ℓ直四は、当時最速の急行列車が相手というパリ→ニーストライアルに挑戦、6時間の大差を付けて勝利し、競争界でも一気に名を高めた。

ヴォアザンの競争車は斬新でツーリングカーレースで勝ちまくると、慌てた主催者ACF/現FIAは規則改正でボアザンの締め出しを計る。
すると僅か6ヶ月でGP競争車を完成し(流線型モノコックボディー・直六2ℓ・80馬力・最高速度175㎞)23年リヨンGPに出場五位入賞。そして24年リヨンGP出場のC9は、一位、二位でゴールするが、ACFは事故で外れたフェンダーを搭載していたのに目を付け、ペナルティーを科して優勝させなかった。

 

この悪意ある判定に不満のヴォアザンは、この後レースから撤退して速度記録と高級車造りに専念することになる。
で35年、ボアザンの集大成とも云うべきC28アエロスポールの登場となる…水冷直六スリーブバルブ・3.3ℓ・最高速度150㎞・チョップトップ似の低いツードアクーペは、アルミボディーで僅かに1150kgという軽量仕上げだった。

世界の著名人御用達ボアザンC28:1905年登場のスリーブバルブは熱効率悪く油消費大だが静か滑らかなのでパナール、ダイムラー・メルセデス、ミネルバなどにも使われた

豪華高級なC28は、フランス大統領、世紀の二枚目俳優ルドルフ・バレンチノやジョセフィン・ベイカーの愛車となり、人気は絶頂だったが、30年代後半の世界不況時代に高級車が売れなくなり、高級他社と共に淘汰の波に飲み込まれ、それでも生き残っては居たが、46年シトロエンに吸収されてしまった。

レースに勝ってACFから意地悪されたC3/1925から発展したC4/1925

 

車屋四六:1960年頃よりモーターマガジン誌で執筆開始。若年時代は試乗記、近頃は昔の車や飛行機など古道具屋的支離滅裂記事の作者。車、飛行機、その他諸々古い写真と資料多数あり。趣味はゴルフと時計。<資格>元JAFスポーツ資格審査委員・公認審判員計時一級・A級ライセンス・自家用操縦士・小型船舶一級・潜水士等。著書「進駐軍時代と車たち」「懐かしの車アルバム」等々。

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