英国の名門ジャガーは、フォード→印度タタ財閥と世間を渡り歩き現在も健在で、優れた高級車を送り出している。その源流をたどれば、1931年ロンドンショーに登場のSS1ということになる。
SS1の名前の由来は定かではないが、スワロースポーツ、スワロースペシアル、スタンダードスワローなどと取りざたされている。
SS1がショー会場でベールを脱ぐと、観客は目を釘付けにされた。それはベントレーなど憧れの高級スポーツカーの値段は1000ポンドを越えるのに、何と310ポンド?…観客のビックリ仰天も当然の出来事と云わねばならない。
出品はコベントリーのスワローサイドカー&コーチビルディング社。同社は1922年極めて美しいサイドカーで成功。次ぎに「走ればいいや」的大衆車の世界的ベストセラーオースチンセブンをカスタマイズで美しく変身させて成功した会社だった。
卓越したデザインセンス+優れた経営と営業手腕のWライオンズは、シャシーとエンジン変速機をスタンダード社から仕入れてローコストを実現、それに得意の高級感満々のボディーを乗せてSS1を完成したのである。
さて、この種の高級スポーツカーは長いボンネットが特徴。その中には直列八気筒など大排気量・大馬力を搭載するが、SS1の長いボンネットの中身は、スタンダード社の凡庸な直列六気筒2L45馬力(又は2.5L53馬力)と大衆車レベルの部品の寄せ集めだった。
長く美しいボンネットを開けると、がらんどうの中に小さな直六では、目を見張った感嘆の目は一転してヒンシュクの目に代わり「こんなものは売れない」と専門家は断言した。
が、蓋を開けてみれば専門家の断言をよそに好評。高級車に無縁な中流階級が「格好いいのだから遅いのは仕方なし」との割り切りで、32年発売初年度に76台を売り上げたのである。
ちなみにその性能は、最高速度2L112粁/2.5L119粁。でも100哩レベルの1000ポンド車と較べれば、その3分の1で買える、それが大きな武器となったのである。
NZクイーンズタウンの博物館で出会ったSS1も表示を見れば32年型だから、初年度の76分の1台ということになる。レストアは98年時点で内装は未だだったが、ボディーは板金が終わり下地塗装段階。ランドージョイントのある屋根は革張りが正規だったと思う。
もうとっくに完成したことと思うが、現在85才、残念だが再び見ることは先ずなかろう。
車屋四六:1960年頃よりモーターマガジン誌で執筆開始。若年時代は試乗記、近頃は昔の車や飛行機など古道具屋的支離滅裂記事の作者。車、飛行機、その他諸々古い写真と資料多数あり。趣味はゴルフと時計。<資格>元JAFスポーツ資格審査委員・公認審判員計時一級・A級ライセンス・自家用操縦士・小型船舶一級・潜水士等。著書「進駐軍時代と車たち」「懐かしの車アルバム」等々。