【車屋四六】ジャガーは安物?だが素晴らしかった

コラム・特集 車屋四六

「車は戸塚にある」というので、戸塚に行って驚いた。腹が立った。戸塚並木のガソリンスタンドに、私が愛したジャガーが埃だらけで放置されていた。

ガソリン屋の親父は、私たちを修理業者と知って「曳いて帰らなきゃ駄目だよ」と云うように、エンジンメタルが溶けてクランクシャフトが焼き付いていた。

金も払わず、ただで乗り回し、壊れたら返す、踏んだり蹴ったりのひどい客だった。サラリーマン時代も含めて、10年ほど商売をした中で、詐欺にあったり、値切られたり取れなかったりは幾度か有ったが、これほど酷いのは後にも先にも四谷の印刷屋だけだった。

東京まで曳いて帰ったジャガーMK-VIIは、修理して今度は良いマニアに譲ったが、我が憧れのジャガー・マークセブン、良かれ悪しかれ豊富な話題と想い出を残してくれた。

悪徳経営者の会社「どうせ潰れるさ」と思い、それを期待したが、強かに生き延びているらしい(カー&レジャー平成2年7月7日版)。その名が聞こえてくるたびに、不愉快な気分になる。

さて、平成21年現在、ジャガーは第二の主人フォードからインド財閥のタタという第三の主人を得て健在である。インドと云えば、かつての宗主国。まさか昔の家来に買われるなど、ジャガーに思考力が有れば想像だにしなかったことだろう。

20世紀はアメリカ繁栄の世紀だが、19世紀なら大英帝国。そのイギリスの数ある自動車会社は、20世紀を謳歌して輸出で稼ぎまくり、レースでは名を残したが、世紀後半は淘汰合併吸収を繰り返し、生き残りは金持ちアメリカに買収されていった。

ジャガーは元気だった頃に名門ディムラーを買収したが、やがてローバーの傘下に。そのローバーはBMWに買収されるが、BMWはミニを残して、ジャガー、ディムラー、ランドローバー&レンジローバーをフォードに売却、残りのローバーを英国の投資家グループに。その後、MGローバーは南京汽車に、また上海汽車はホンダが開発したローバー75を栄威750の名で生産している。

20世紀の覇者アメリカが21世紀に躓いて、買い集めた名門の切り売りを始めた。が、クライスラーまでがフィアットの世話を受けるようになるとは誰も気が付かなかったろう。

とにかく21世紀に入り、途上国の先進国に追いつけ追い越せが勢いづき、名門の切り売り先がその途上国に集中している。インドのタタ社は、ジャガーやディムラー、そしてランドローバー社を。一方、ボルボはフォードから北京汽車に。既に名門スポーツカーのロータスは、マレーシアのプロトン社に。

大型案件のオペルはGMからカナダの部品会社マグナに決まったようだが、マグナにはロシアのGAZ社が大きな影響力を持っている。戦時賠償でオペル・カデットの工場を丸ごと分捕ったロシアに、64年ぶりにオペル本体丸ごと揃うことになる。

一方、GMのサーブは、スエーデンの高級スポーツカー会社ケーニッヒセグの元へ嫁入りが決まるようだ。アストンマーチンは、フォードからクエートの投資家グループの傘下に。既にご存じ、天下の高級車ロールスロイスはBMWに、ベントレイはVWに買われた。VWはブガッティも手中に。

さて、ジャガー創始者のウイリアム・ライオンズは、優れた経営者であり、美的感覚に鋭い人物だったと思う。20才(1922)で造った美しいサイドカーが評判で、次に安いベストセラー車オースチン・セブンをコーチワークで美しく。33年には金満家御用達高級車ベントレイに比肩するSSを売りだして、本格的自動車メーカーのスタートを切った。

スワロー・スポーツサイドカーと名付けられたW.ライオンズ最初の作品。今見ても美しい。このあとオースチンセブンのカスタムでまたもや人気を

ロンドン自動車ショーに初お目見えのSSを、評論家は売れない車と評価した。長いボンネットの中身が小さな四気筒でスピードも出なかった。が、このベントレイもどき「遅くたって安けりゃ」というファンが生まれ意外な人気者に。

評論家クソ食らえ。一人前の自動車屋になってからのウイリアムは常に時代を先取り、斬新メカと美しい姿を安く提供するという戦術で進撃していった。彼は宣伝上手で話題作りも上手く、安くDOHCを売り出す時には、ルマン24時間に全力投球、優勝というブランドを引っさげて、販売を支援した。

ジャガーは高級車だが、それは60年に名門ディムラー買収、68年にXJを発売した頃からで、MK-VIIやXK-120は斬新ではあったが、我々は高級車もどきを承知で買っていたのである。

両車ともに、安かろう悪かろうの言葉通りで、雨の錆でドア下部が腐ったりしたが、同年代のローバー75などはビクともしなかった。

また、ジムカーナではたった一度の軽いオーバーレブで、ツインカムの駆動チェーンが2本とも伸びて、部品代だけで2万円の出費。本来ツインカムエンジンは頑丈なものだが、タペット調整シムの減りが早くカタカタ音が発生、チェーンの伸びも早く、スライディングルーフの水漏れ、とにかく車全体丈夫ではなかった。

いろんな事があったが、私の車遍歴人生の中で、ジャガーは想い出深く楽しかった車の1台であることに間違いはない。

まだジャガーの名はないが、丸ごとライオンズ開発の最初の乗用車SS。ベントレーと並べても引けを取らない容姿ながら値段は半額。これも人気者に