むかし{フォーカス}という言葉は、写真用語だったが、今では別の意味の日本語になっている。それは、81年10月30日写真雑紙{フォーカス}創刊が、日本語化の原因である。
芸能人、有名人を興味本位に暴露する写真記事のせいで、以後フォーカスと云えば、古傷をえぐられ・秘め事を暴露され「とうとう見つかったか」という意味あいの日本語になってしまった。
フォーカス創刊の81年、東京∽名古屋∽大阪間で、ファクシミリ/FAXが通じた。初めは{電子郵便}と呼んだ。当時はバブル経済が最大に膨らむ寸前だから、自動車市場では新車ラッシュ・新型とフルモデルチェンジ車も含めて、17車種が登場している。
その中で注目すべきは、新登場四車種のスペシャリティーカー。一方、定期的衣替えでは、三代目になったセリカは姿が直線基調、軽量化+DOHCでマニアックに変身、カリーナもスポーティーさを強調。日産虎の子のスカイラインは、ケンメリの鈍重さから精悍軽快に変身、直六ターボは145馬力を強調していた。
大衆車部門では、サニーが五代目に。バイオレット、リベルタ、スタンザも衣替え。マツダはルーチェが四代目、コスモ二代目はREらレシプロ主体に転換して時代を反映する。
ホンダ・アコードが世界市場目標に大柄に変身、国内ベルノ店向けに新型ビガー登場。新登場、常識破りの背高小型車シティーが予想外な人気者になるが、付随発売の車載用超小型ゲンチャリ{モトコンポ}は、ホンダならではの発想で、そのCMにソフィア・ローレン登場が大きな話題になった。
が、新規登場で81年最大の話題作は{ソアラ}。これぞスペシャリティーカー、それもベンツなど人気外車の対抗馬にまでの人気を得たのだから、大した作品だった。
トヨタが、持てる技術を惜しみなく注ぎ込んで開発したソアラは、斬新高品質、針がない速度計は我が国初だった。直六・2.8ℓDOHC170馬力も日本車では最高水準だった。
81年には、もう一つのスペシャリティーカーが誕生している。
ヤナセでも販売したいすゞピアッツァは、ジウジアーロの手になるエクステリア、インテリア、インパネ周りも含めて、SFの世界を彷彿とさせるものだった。
バブル頂点到達直前の日本は、元気まんまんだった。