四駆乗用車の元祖はスバル1300G

コラム・特集 車屋四六

今や四輪駆動型乗用車は世界的に認知されて、セダン、ステーションワゴン、ミニバン等々珍しくもないが、その源流をたどると、嬉しいことに我が国にたどり着く。

当時、自動車製造では日本は発展途上国、先進技術は外国からが常識だったが、乗用車と四駆のドッキングを世界に先駆けて実現したのは、元中島飛行機の超一流技術者達だったのである。

それまで四駆と云えば、ジープか、それに類似した武骨な車ばかりだったのだが、普通の乗用車に四駆システムの搭載を実現したのが、中島の流れを汲む富士重工/スバルだった。

四駆乗用車の元祖をアウディと思っている人が多いが、元祖はスバルで、その開発の動機は昭和34年に東北電力から跳び込んできた相談が発端になったものである。

もし、東北電力の相談相手が、日産やトヨタだったら相手にされなかったろうが、かつて陸海軍からの無理な注文に馴れた技術者集団だからこそ、世界初の四駆乗用車開発に立ち上がったのだ。

結果、昭和46年10月、晴海の東京モーターショーに、ユニークな水平対向エンジンのスバル1300G-4WD(トップ写真)が姿を現し、観客の注目を浴びたのである。

そして東北電力にはバン型4WDが20台納入され、北の山岳地帯で、時には積雪の中、過酷な走行試験が繰り返され、データーを蓄積、完成度を増していった。

やがて四駆乗用車の存在が世間の知るところとなり、市販が望まれ、スバルは市販に向けて検討を重ねた結果、一般市場への投入が昭和47年のことだった。

が、それは1300Gではなく、新型のレオーネのエステートバン4WDで、値段は79.2万円。が、当時バンは荷物運びと頭から嫌う人が多く、乗用車型を望む声も多く、昭和50年ついに登場したのが乗用車レオーネ4WDだった。

一般市場向けに登場した世界初四駆乗用車・レオーネ1400エステートバン4WD:費用対効果を狙った商用車登録のようだが、内装・装備・乗り味は乗用車ステーションワゴンの味わいだった。

登場後は評判もよく、世の贅沢指向に沿い、普及を始めたばかりのAT装備に独特メカを開発、乗用車+AT+4WDを昭和54年に発売、徐々にスバル四駆ファンを増やしていったのである。

ちなみにスバル四駆が晴海に登場した昭和40年は1965年だが、有名な四駆乗用車アウディ・クワトロの登場は1980年である。

やがてバリエーションも増えて登場したスポーティー指向のレオーネ・ハードトップクーペRX-4WD:悪路も走れるスポーツカーの誕生だった。

 

 

車屋四六:1960年頃よりモーターマガジン誌で執筆開始。若年時代は試乗記、近頃は昔の車や飛行機など古道具屋的支離滅裂記事の作者。車、飛行機、その他諸々古い写真と資料多数あり。趣味はゴルフと時計。<資格>元JAFスポーツ資格審査委員・公認審判員計時一級・A級ライセンス・自家用操縦士・小型船舶一級・潜水士等。著書「進駐軍時代と車たち」「懐かしの車アルバム」等々。

 

Tagged