文・写真:編集部
四方を海に囲まれた“島国・にっぽん”。大地に降った雨や雪は川に流れ込み、やがて大海へと注がれる。その行きつく先が、太平洋~オホーツク海になるのか、日本海~東シナ海になるのか。それを分けるのが分水嶺(分水界)である。同じ場所に降った雪や雨も、落ちた場所のわずかな違いで行きつく先が異なるのだ。それぞれ大海に注がれた雨粒の一滴は、いつしか雲の一部となり季節風に吹かれ日本列島周辺へ。再び雨や雪となり地表に落ち、太平洋側か日本海側へ…。こうした壮大なスケールの旅が繰り返されている。その旅の一部をクルマ旅で味わおうと、分水嶺をスタート地点に決め、それぞれ大海に向かった。まずは分水嶺から太平洋への旅をお届けする。
・分水嶺から日本海への旅はこちら
目次
・JR陸羽東線・堺田駅 「クルマで行ける分水嶺」
・鳴子峡 「新緑と紅葉が眩しい峡谷美」
・西行戻しの松公園 「松島湾と街並みを一望」
・松島湾一周 仁王丸「大型遊覧船で島々を巡る」
・みちのく伊達政宗歴史館 「波乱の人生を等身大で再現」
・ご当地ランチ 漁師の海鮮丼「旬の採れたてカキづくしも」
・旅グルマ紹介 BMW・320d xDrive ツリーング M Sport
JR陸羽東線・堺田駅 クルマで行ける分水嶺
分水嶺は字のごとく“嶺(みね)”だから、本来は日本列島の背骨を形成する標高が高い山々の頂上にあり、その嶺の連なりは北海道から本州、九州へまたがる。北は宗谷岬(北海道)から南は佐多岬(鹿児島県)まで、その延長は約5000㎞に及ぶといわれている。
関東周辺では群馬・新潟県境の谷川岳や三国峠、群馬・長野県境の碓氷峠が分水嶺にあたる。その多くは到底クルマで乗り付けられる場所ではない。しかし、調べると奥羽山脈の一部の分水嶺は標高400m以下、しかもJRの駅前にあるという。まるでコンビニや銀行のような感覚で分水嶺を訪れることができるのだ。宮城県・仙台市と山形県・酒田市を結ぶ国道47号線へクルマを向けた。
その分水嶺のある駅とは、JR東日本の陸羽東線(小牛田~新庄:94.1㎞)の中ほど、宮城県と山形県の県境近くにある堺田駅。国道で県境を越える場合、険しい峠道を抜けたり、長いトンネルを抜けたり、というシーンが多いが、ここは丘陵地帯、少々勾配がきつくなってきたな、という感覚。程なく道はフラットになり駅入口を示す案内に従い国道を離れると堺田駅前だ。
駅前に立つと、見渡す限りの田んぼが広がりその合間に家が数軒。その傍らに腰くらいの高さの石碑があり、その背後には、田んぼから小川のような小さな水路が石碑に向かって流れ、T字の分岐で左右に分かれている。ここが分水嶺だ。
向かって右へ流れると太平洋へ、左へ流れると日本海へと注がれる。ここは水路なので、日夜途切れることなくその“選別”が行われている。このせせらぎが大海に注がれ、再びこの地に戻るのはいつ頃? などと途方も無いこと考えてしまう。
分水嶺で分かれたそれぞれの水路は、以下のように河川を流れ海へ注がれる。
《向かって右:太平洋へ》大谷川(おおやがわ)支流(1.0㎞)~大谷川(10.3㎞)~江合川(84.3㎞)~旧北上川(20.1㎞)=116.2㎞
《向かって左:日本海へ》芦ケ沢川(1.4㎞)~明神川(5.4㎞)~最上小国川(34.1㎞)~最上川(61.4㎞)=102.6㎞
鳴子峡
新緑と紅葉が眩しい峡谷美
分水嶺のある堺田駅から国道47号線を仙台方面へ走りおよそ10分。あの分水嶺のせせらぎが大谷川となり、鳴子峡として深い峡谷を作り出している。国道沿いにあり、駐車台数も多い中山平側(鳴子峡レストハウス)の駐車場に向かった。紅葉のピーク時のみ有料駐車場となり、オフシーズンは無料で開放されている。
銘板によると、鳴子峡は地盤の隆起運動とともに、大谷川の侵食で刻まれた深さ100mにも及ぶ大峡谷で、弁慶岩や夫婦岩等の奇岩奇石が連なる断崖絶壁と渓流が織りなす景勝地として、昭和36年に宮城県の名勝に指定された。晩春や初夏は匂い立つ眩いばかりの新緑、秋には真っ赤に染まる紅葉に覆われる…とあり、山々が赤や黄色に染まる紅葉シーズンはもとより、雪解け直後に一斉に芽吹く新緑の息吹を感じるのもよさそうだ。
中山平の駐車場周辺には二つの遊歩道があり、一つは駐車場から大谷川の流れに近づける「鳴子峡遊歩道」。もう一つは、一旦国道に戻り大谷川を周回し駐車場に戻る「大深沢遊歩道」だ。
鳴子峡遊歩道は、大谷川に架かる回顧橋まで往復する約350mのコース。短いと思うなかれ。深さ100mもある峡谷を下る遊歩道だから階段の連続で、歩きごたえも十分。ひんやりとした紅葉シーズンが終わりに近づく11月中旬の朝方でも、いい汗をかいた。履きなれた靴での散策をおすすめする。
清流に近づくにつれ川音が大きくなり、駐車場そばのデッキから見下ろしたゴツゴツした岩肌が手にとるように近くなり、見上げるようになる。切り立った断崖に囲まれていると屋外にいるのに閉塞感も覚えるほど。それだけ深く刻まれた峡谷ということだ。見上げるとはるか“上空”に国道47号線の大深沢橋が架かっていた。
大深沢遊歩道は1周=約2.2㎞で所要時間は約50分。主に舗装路で、起伏も少なく歩きやすく散策を楽しめる。期間中は終日開放されている。
西行戻しの松公園 松島湾と街並みを一望
鳴子峡から国道47号線を一気に下り、一部東北自動車道も利用して1時間半ほど走る。川の流れに沿えば旧北上川(石巻市)で太平洋とご対面だが、ここはやはり日本三景の一つでもある松島を訪ねてみたい。松島で太平洋との対面を果たした。
まずは、大小260の島々からなる松島湾と松島町を一望できる場所として、小高い丘の上にある西行戻しの松公園へ向かった。町道松島パノラマラインを利用すると便利(但し、冬季は閉鎖される)。公園内には各所に展望スポットがあり、さまざまな“絵ずら”の松島湾を見ることができる。園内でも最も高い丘の上にあるのが白衣観音で、ここでは町を含めた松島湾が眼下に広がる。
点在している島々の間を、観光船なのか、漁船なのか、判別できないがいくつも船がせわしなく動き、青い海の上に幾筋もの白い航跡が出来上がり、港が活発に動いていることがわかる。
公園の名称の通り、園内には松が多いがこの公園は桜の名所としても知られている。桜の花がほころぶ季節には、海(青)と島々(緑)に桜(ピンク色)を加えた景色が一体となり、他に類を見ない花見も楽しめる。さらに、公園内にはカフェもありスイーツを味わいながら、松島湾のオーシャンビューを楽しむこともできる。
公園の名前にもなった西行法師(1118~1190年)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武士、僧侶、歌人。西行がこの地を訪れ一首を詠み悦に浸っていると、山王権現の化身である鎌を持った一人の童子が、西行の歌を聞いて返しの一首を詠んだ。
その出来ばえの良さに驚いた西行は、仕事はなんですか? と尋ね、童子は「冬萌(ほ)きて夏枯れ草(=麦)を刈っている」と答えたが、西行にはその意味がわからなかった。さらに、童子から「才人が多い霊場松島を訪れると恥を晒すことになる」とさとされ、西行は恐れて松島を訪れることなく、この地を立ち去ったという伝説があり、西行が休んでいた松の大木(現在は切り株が残る)を “西行戻しの松”と呼ぶようになったという。松島同様に、秩父や日光等国内各地に“西行戻し”の伝説が残っており、いずれも現地の童子にやりこめられて来た道を戻る、という内容になっている。