【車屋四六】アメリカの老舗スチュードベイカー

コラム・特集 車屋四六

スチュードベイカーという会社はもう無い。名門高級車パッカードと54年に合併したが、世の荒波を乗り越えられずに、64年に消えていった。

スチュードベイカー社は1902年の創業だから老舗中の老舗である。が、馬車屋だった時代を入れれば更に古く、スチュードベイカー兄弟が開店したのは1852年のこと。

WWII後しばらくすると、スチュードベイカーの名は世界的になる。日本でも。煙草ピースのデザインで知られる有名デザイナー、レイモンド・ロウイーの手になる奇抜なスタイリングでだった。

それはフォードと共に50年代のアメリカ車を象徴する、ジェット戦闘機をモチーフにしたレイアウトの先駆けだった。どちらが前か後ろか判断が付きかねる奇抜姿の顔に、ジェット戦闘機の吸気口があしらわれていた。

そんなスチュードベイカー・チャンピオンの登場は50年。直六サイドバルブは戦前のままで、3703㏄94馬力。最高速度145キロという性能の持ち主だった。

チャンピオンは、53年のフルモデルチェンジで吸気口が消えて、一転なだらか扁平な姿に変身した。実は、その53年型スチュードベイカー・コマンダーに乗り、酷い目にあったことがある。

57年頃、麻雀仲間の三人の友人が居た。友人といっても私よりは年長で、京帝砂利の竹内さん、共栄開発の吉田さん、日刊建設工業新聞の福田さん。

先輩達は大正生まれ、満州で鍛えた麻雀の腕前は相当なもので、牌を並べるだけの私では相手にならないのに、何故か可愛がってくれて、よく誘われ呑んだものだった。

ある日、竹内さんから電話で「大使館ナンバーのスチュードベイカーがあるから那須温泉に行こう」と誘われて、私が運転していくことになった。

その車は、濃紺のコマンダーシリーズで、全長5045㎜、全幅1765㎜。その扁平なシルエットは、その頃のアメリカ車の中でも群を抜いたスマートさで、さすがロウイーのデザインと感心した。エンジンはV型8気筒で3812㏄、120hp/4000rpmで、最高速度が160キロだった。

那須温泉の旅館では、麻雀をして、風呂に入り、食事をして、一杯呑んで、その日は終わった。

大使館ナンバーのスチュードベイカー53年型コマンダー四ドアセダン:ジェット戦闘機モチーフから扁平に180度変身。綺麗な姿だったが中身はガタボロだった

翌早朝、暗いうちに出発したのは、ロングドライブ計画のためだった。那須→黒磯、霞ヶ浦→成田、千葉→船橋→東京には暗くなる頃には着くだろう、そこでもう一杯という予定だった。

今なら簡単だろうが、当時は戦前からの未整備状態で国道でも荒れた路面、田舎は泥道・砂利道。道幅は車同士がすれ違えない状況だから、一日で走破というのは、かなり無茶な計画だった。

予定よりは大分遅れて成田辺りだったろうか、どっぷりと日が暮れた畑の一本道を走っていると、前方に大型車のライト。すれ違えない道幅なので、ブレーキを踏んだ。危機はその時起こった。

なんと踏んだブレーキペダルがスポッと抜けて、床に付いてしまった。が、当時のドライバーは、この程度で慌てることはない。いつものベーパーロックだろうと、ペダルを何度もあおったが踏みしろが回復しない。

で、この辺りで少し慌て始める。足のブレーキが効かないきゃエンジンブレーキがあるさ。3MTをトップから二速に。が、減速しない、一速でも駄目。このあたりになると頭の中は火の車。

それじゃと一速のままイグニションキーをオフする。当然つんのめると予測したが、相変わらずトコトコと惰性で走り続け、とうとうバスが目の前で、仕方なく畑の中に走り込んだ。

「ブレーキが効かない車を運転するなんて」とあきれ顔のバスの運転手と、畑から車を引き出した。キズ一つ無い綺麗な車だったが、使い古されたエンジンにはコンプレッションが無く、ローギアでも後ろから押せば動くほどのくたびれように気が付いた。

仕方なく、ゆっくり慎重運転で走りながら修理屋を探した。運良く修理工場を見つけて修理を頼んだら「だめだよ田舎に外車の部品はないから」という。

で、ジャッキを借りて車体を上げると、右前輪ブレーキのホイールシリンダー(ピストン部分)がオイル漏れ。で、シリンダー手前でアルミパイプを切断、折り曲げ潰してオイル漏れを止めた。

側で見ていた修理屋のオヤジ「えらいこと知っているじゃないか」と感心する(内心俺も修理屋だ)。補充用ブレーキオイルと云うと「品切れ」。しかたなく減った分だけ水を足して出発した。

とにかくこれで家に帰れると安堵したが、何しろ右前輪のブレーキが効かないから、強く踏めば左にハンドルを取られる。でも効けば止まれる、心配ないさ、と青息吐息で東京に入る頃には、深夜になっていた。

*緊急時ブレーキオイルは水で代用できるが早急に工場で新しいオイルに交換のこと。

ルサーブル:当時はドリームカーと呼んだ自動車ショー用モデル。記憶ではGMブース展示で英語名はルセイバー(サーベル)。ジェット戦闘機イメージを取り込んだ典型的モデル