登場から半世紀を経た現在でも、未だ高い人気を誇るのが117クーペだ。ジウジアーロの手による日本車離れしたその流麗なスタイリングは今見ても美しく、ファンを魅了するのも納得である。1968年の発売から1981年に後継のピアッツァが登場するまで,、いすゞのフラッグシップを務めたこのモデルの試乗記を見てみよう。
<週刊Car&レジャー 1973年(昭和48年)3月24日号掲載>
「117クーペ・XG」試乗記
フレッシュアップされ、デラックス化されたいすゞ117クーペ。試乗したXGは1.8L、DOHC、ツインキャブエンジンを積んだ新型車だ。ボディカラーはドーン・ラベンダーと呼ばれる新色。もちろんメタリック塗装。紫がかった明るいボディカラーで、人それぞれの好みもあるだろうが、どこを走っていてもあっと人目を引きそうな色どりだ。
このXGで早速雨の東名をひと走り。117クーペはハイパワーにもかかわらず、流れるようなスタイリングと同じように、特徴の一つに滑らかな乗り心地が挙げられている。このフィーリングは損なわずに、さらにパワーを増したおかげで、ここ一発の瞬発力を秘めたグランツーリスモといえそうだ。
新しく開発された1.8L、DOHC、ツインキャブエンジンは125馬力/6400回転、最大トルク16.2kgm/5000回転の出力。今までの1.6L、DOHCエンジンが120馬力だから5馬力のパワーアップ。数字に表れたパワーの差はそう大きくないが、回転数を同じ水準に留めているのだから、今度の1.8Lの方が“余力”を秘めているといえそう。
最高速は190キロ。400加速は16.4秒。これもパワーと同じように、むしろ控え目にセットされたデータといえるのではないだろうか。
前置きはこのぐらいにして、早速乗り込みひと吹かししてみた。言葉ではどう表現したらいいのだろうか。ブワーとやや神経質にひびくエンジン音、ぴーんとはね上がる回転数。これはDOHCならではの確かな踏みごたえだ。
ドライバー正面にスピードメーター、その左にタコメーター。6000回転からイエローゾーン、7000回転からレッドゾーンだ。ちなみにスピードメーターは220kmまで表示されている。
コンソールの上に水温計、油圧計、燃料計、アンメーターが並んでいる。このメーターパネルは前と同じ。ただフェシアがグレーがかったカラーアルミに変わった。
このXGはパワーウインドー、ステレオが標準装備。ステレオは別として、パワーウインドーがついたのは便利になった。もっともこのパワーウインドー、前席シートの左右のドアだけ。また後から装着したためもあって、左手をやや後ろに下げて操作しなければならず、慣れるまではちょっと不便かもわからないが。
走り出して、まず気がつくのはステアリングが非常に軽くなったことだ。高性能車という一面からみると、ステアリングが重いのはある程度避けがたいもの。これは高速走行時の安定性を考えた結果でもあったはず。
しかし、今までのカスタム・メイド的な性格から量販車にイメージチェンジを試みるとなると、このあたりの使いやすさも配慮する必要があったのだろう。
実際、市中走行や車庫入れの時にはくるくると良く動いて、非常にラク。時には切り過ぎたりしたこともあったが、これも馴れの問題。一方、高速時での安全性はというと、そう長い距離ではないが、5000回転、150キロぐらいまで加速してみた際にも、ほとんどステアリングのギア比が変わったことなど意識せずに、ぴったりと安定して走り抜けたものだ。これにはステアリングが革巻きになって、その結果握りがやや太くなったこともプラスしているのだろうか。
高速でのコーナリング、あるいは山路での連続ヘアピンなどは試みるチャンスが無かったのが残念だが、ややアンダーステアが強くなったとはいえ、そう気にすることは無さそう。
117のサスペンションはどちらかといえば柔らか目。これにガス入りショックアブソーバーの減衰力がプラスされて、ソフトで滑らかな乗り心地を確保している。今度の1.8L、DOHCエンジンでサスのバネ定数、ショックの減衰力も変更になったが、この柔らかい乗り心地はそのまま受け継がれている。
1320mmの低い車高、流れるようなスタイリング。これらは高速走行時の安定性にプラスするものと強調されている。東名で100キロ、せいぜいで120キロぐらいで走る分にはそれほど差はないと思うのだが、横殴りの雨が降っている東名を、横ふれなどはほとんど意識せずに走り抜けたことを付け加えておく。
今度、月販千台の目標を掲げた117クーペ。量販車として、プレスの型も一新したようだ。カスタムメードといっても今までもボディをプレスしていたことには変わりはないが、今度の量販車移行で、今までの風格というか味が消えたのではないか。俗にいえば安っぽくなってしまったら惜しいような気もしていたのだが、実車を見ても変化はほとんど感じ取れなかった。何か“ふくらみ”が無くなったようにも思えたが、これも量販車にイメージチェンジを試みたという先入観のもたらした印象かもわからない。
<解説>
1968年から1981年まで販売された117クーペだが、大きく分けて、ほとんどハンドメイドに近い限定生産車だった前期・プレス成型が本格導入され量産車化された中期・マイナーチェンジでヘッドランプが角型4灯となった後期に分けられる。
今回の試乗記は、この中期モデル登場時のものだ。その最大の特徴は量産化により大幅に値下げされたこと。当時のグレードは電子制御燃料噴射DOHCの「XE」、ツインキャブDOHCの「XG」、ツインキャブSOHCの「XC」、シングルキャブSOHCの「XT」の4つだが、前期モデルに比べXEは31.6万円、XGは22.1万円、XEは38.4万円、XTは39.6万円もそれぞれ値下げされている。このため広告でも「家族」を強調。一般家庭でも購入できるクルマになったことを大きくアピールしていた。ちなみに東京地区の価格はXEが159.4万円、XGが144.9万円、XEが108.6万円、XTが96.4万円だった。
この中期モデルは77年まで継続。同年末にマイナーチェンジが行われ、後期型へバトンタッチされ、さらなるコストダウンが図られた。また79年には2ドアクーペとしては珍しくディーゼルエンジン搭載車も追加された。