【車屋四六】トランジスタで走ろう ~永井電子・ウルトラ~
断熱圧縮で発熱点火するディーゼルは別物だが、ガソリンエンジンでは、吸い込まれたシリンダー内のガスに、何らかの手段で点火しなければ燃焼が始まらないことは、誰もが知っている。 その点火システムにも多種類の方式が発明され進化し […]
続きを読む断熱圧縮で発熱点火するディーゼルは別物だが、ガソリンエンジンでは、吸い込まれたシリンダー内のガスに、何らかの手段で点火しなければ燃焼が始まらないことは、誰もが知っている。 その点火システムにも多種類の方式が発明され進化し […]
続きを読む近頃、ヒーターがない乗用車などというものを見つけるのは難しい。もっとも、1年中寒い日がない常夏の国で売られている自動車、そして製造される自動車のことは知らないが、少なくとも日本で売っている自動車でヒーターの無い車は先ず無 […]
続きを読む長い歴史を誇る、東京駅のステーションホテルが数年前に休業した。どうして?と思ったら、駅をリフォームするためだと云う。 現在の東京駅の姿は、右と左と中央に角錐形の屋根が尖っているが、私が両親と共に乗ったり降りたりした子ども […]
続きを読む昭和一桁生まれの私が子どもの頃には、街中にリヤカーがあふれていた。 飯台(はんだい)を天秤棒で担いでくる魚屋もいたが、八百屋、冷蔵庫の氷を配達する氷屋、炭練や炭の燃料商、いろんな商人達は、どこも自前のリヤカーに荷を乗せて […]
続きを読む何度も紹介したが、北京や上海自動車ショーのレポートのように、中国の偽物というかコピーには、日本ばかりか欧米メーカーも手を焼いている。もちろん自動車ばかりではなく、コピーはあらゆる分野に及んではいるのだが。 が、偉そうに目 […]
続きを読むかつて日本には陸軍と海軍に航空隊があった。海軍のゼロ戦/三菱は世界的に有名で、戦争末期に活躍したのが紫電改/川西だった。 一方、陸軍の初期は隼で、末期は疾風、共に中島製である。 当時の私は小学生。ゼロ戦の名は戦後になって […]
続きを読む古い写真を虫眼鏡で見たら、右奥の看板が東京銀行だから、通り右側は日本橋本石町で左側宝町。推測すれば右手前は日本銀行、左側が三越で手前は三井本館、見えないが更に手前は小西六のはず。当時も一方通行で、進行方向も今と同じだ。 […]
続きを読む日産バイオレット誕生は73年。開発コード710はブルーバードの筈だが、日本経済急成長の中、各社車種増加に夢中。で、急遽開発中のブルーバード710をバイオレットに変身させたのである。 もちろん新ブルーバードは810で79年 […]
続きを読む今回は、ドイツの美しいクーペ、NSUプリンツ…撮影したのは晴海の東京国際貿易センター常設展示場前で、足場が見えるから開場寸前だったのかもしれない。多分59年頃だろう。 車には港区の仮ナンバーが。当時の輸入元・中央モーター […]
続きを読むダイハツとマツダ、共にWWⅡ後の一時期まで、日本を代表する三輪車メーカーだった。が、両車考えることは同じで、三輪車から四輪車に転向する。が、マツダの軽自動車からの出発に対し、ダイハツはいきなり小型車からという道を選んだ。 […]
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