【河村康彦 試乗チェック】フィアット・500e Open 大英断!EV専用モデルに
ちょっと微妙な航続距離、従来の人気は維持できるか!?… 日本にもピッタリの真にコンパクトなサイズや、1957年に発売されその後20年間にも渡って愛された、2代目RRレイアウトの持ち主を彷彿とさせるキュートなデザインなどか […]
続きを読むちょっと微妙な航続距離、従来の人気は維持できるか!?… 日本にもピッタリの真にコンパクトなサイズや、1957年に発売されその後20年間にも渡って愛された、2代目RRレイアウトの持ち主を彷彿とさせるキュートなデザインなどか […]
続きを読む日産から辞令を受けた片山さんは、1960年/昭和35年3月に渡米した。当時のアメリカ人は日本車などに興味がなく、売るに売れないので、トヨタの米国法人は休眠状態だった。「トヨペットという名前を米国人はトイペットと覚えて印象 […]
続きを読む2040年に向けて国産自動車メーカー各社は、こぞって電気自動車への切り替えに向けて必死に開発を進めている。いかに航続距離を長く、リーズナブルな価格設定にし、充電インフラを完璧に配置するかが課題になっている。電池の再利用も […]
続きを読む日産というより片山さんの豪州ラリー挑戦は、ダットサン210型2台。昔から世界では競争自動車のドライバーは紳士で尊敬の対象。そこでオトッツァンは参加ドライバーに教養・マナーが身についており、競技経験もあるSCCJ会員をと考 […]
続きを読む麻生家とは縁戚関係があり、日産コンツェルン総帥鮎川義介は、幼少期から知る豊少年にカリスマ性あるを認めたのだろう、慶応大学を卒業すると日産自動車に入社させたことを以前に書いた。 WWⅡ前の企業には宣伝広告などという意識はな […]
続きを読む終戦直後から日本ではあらゆる分野で米国至上偏重が続いていた。で、1959/昭和34年、運輸省が自動車販売整備に関する視察団を編成渡米した。そこで全米自動車販売協会=NADAとアメリカン・オートモビル・アソシエーション=A […]
続きを読むさて、オトッツァンとは切っても切れない縁の佐藤健司、通称ケン坊との出会いがいつかは聞いてないが「慶応の文化祭にダットサンを貸せと高校生のケン坊が来たんだよ」といっていた。 また進駐軍の将校や裕福シビリアン達が、自動車クラ […]
続きを読む国内登録車SUVでトヨタに次ぐ2位争いの行方が激化の方向にある。圧倒的な強さでトップを独走しているのはトヨタだが、2位は日産、ホンダ、マツダが僅差で争う構図となりそうな趨勢となっている。この6月から来年にかけて日産、ホン […]
続きを読む房総の森で自然体験を 東京湾アクアラインを使えば、今やほぼ全域が日帰り圏内とさえ言える房総半島だが、ほとんどの人が目的地として訪れるのは海岸沿い。目玉となる観光地が少ない山間部は、そのためのアクセスルートでしかないことが […]
続きを読む片山豊ことオトッツァンは「自動車屋は儲からなくてもいい、スポーツカーが必要」という。そのスポーツカーとは、高性能不要、贅沢不要、走る楽しさが味わえれば良いという。 前回紹介の第1回全日本自動車ショー出展のダットサン・スポ […]
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