小型車の代名詞ダットサンの昔の話
WWⅡ後の日本では、スクーターを「ラビット」と呼んだように、戦前戦後の一時期、小型車を見れば全部ダットサンだった。 そもそもダットサンの名の誕生は1932年/昭和7年だが、車の起源は更に古く、大正3年橋本増二郎創業、快進 […]
続きを読むWWⅡ後の日本では、スクーターを「ラビット」と呼んだように、戦前戦後の一時期、小型車を見れば全部ダットサンだった。 そもそもダットサンの名の誕生は1932年/昭和7年だが、車の起源は更に古く、大正3年橋本増二郎創業、快進 […]
続きを読むラスベガスのインペリアル自動車博物館紹介もそろそろ終わりにしようと思う。前回、元祖大衆車とフォードを紹介したが、この元祖とは世界的に価値があるものだと思う。 フォードはコンベアシステムの開発で、量産効果によるコストダウン […]
続きを読むラスベガス・インペリアル自動車博物館には当然のようにフォードが点在する。金満家御用達だった自動車を、流れ作業の開発で大衆車造りに成功、スタート時の$800前後でも安いのに、最終的に$200台にまで値下げ成功の功績は素晴ら […]
続きを読むラスベガスの7回目は、極初期の米国車の紹介。ダイムラーとベンツが内燃機関を発明して、フランスで普及の途についた自動車だが数年後には、やがて自動車大国になる米国でも開発が始まり、数多くのメーカーが誕生した。 その中で190 […]
続きを読むラスベガスのインペリアル自動車博物館の6回目。 1902年メルセデス-ベンツとあるが、間違いでは?、メルセデスはダイムラーの商号でベンツの物ではないからだ。この博物館には首をかしげる解説が時々あり、エンジンも4気筒登場は […]
続きを読むラスベガスのインペリアル自動車博物館紹介も5回目になり、今回は、ハドソンとミネルバ、そしてデュポンを紹介したい。 トップ写真のハドソンは1920年製で、19世紀から20世紀に掛けて活躍した歌手エンリコ・カルーソの愛車。1 […]
続きを読むトップの写真はメルセデスベンツ770Kグローサーメルセデス1937年製。云わずと知れたヒトラー総統が愛したベンツの最高級車で、パレード好きの総統とナチ高官の為に17台だけ作られた。 その一台がヒトラーの帽子と並べてラスベ […]
続きを読む仏ユニック社はジョルジュ・リシャールが1904年創業、39年迄存在したが、写真のユニックはロンドン警察の規則に合わせて製作したタクシー専用車だった。 前席には運転手用の座席が一個のみで反対側にドアはなく、後年ロンドンタク […]
続きを読むラスベガスのインペリアルホテル五階の自動車博物館は、一階が大きなカジノだから、オーナーの懐は潤沢なのだろう。コレクションは数百台と聞くが、オーナーの方針なのか、古いばかりでなく有名人の持ち物という附加価値が付いたものを好 […]
続きを読む博打の街ラスベガスにインペリアル自動車博物館がある。同名ホテルの五階が展示場だ。ホテルの下は賭博場だからオーナーのRエンゲルスタッドの収集資金は潤沢なのだろう。 今回は展示車から三台を拾ってみた。先ず米国の自動車史上最上 […]
続きを読む