【車屋四六】日比谷界隈昭和30年頃
ボンネットバスが写る写真は、日比谷交差点と国電ガードの間。真新しいトヨペットマスター登場が昭和30年、日本交通のヒルマンが28年ということから、頃は30~31年頃と思われる。 ついでながらボンネットバスは民生ヂーゼルのよ […]
続きを読むボンネットバスが写る写真は、日比谷交差点と国電ガードの間。真新しいトヨペットマスター登場が昭和30年、日本交通のヒルマンが28年ということから、頃は30~31年頃と思われる。 ついでながらボンネットバスは民生ヂーゼルのよ […]
続きを読むくろがねベビーを知っている人など、もう少なかろう。オート三輪はなやかなりし頃には元気が良かった、日本内燃機工業開発の軽自動車である。(写真トップ:くろがねベビーは1959年登場でスバルサンバーと同じリアエンジン後輪駆動。 […]
続きを読む築地河岸のマグロ問屋の息子という友人が居た。彼のセドリックワゴンにはヒーターが無かった。昭和30年代も後半なら、セドリッククラスになればヒーターは標準装備なのに。(写真トップ:いすゞ117クーペのアンダーダッシュ型エアコ […]
続きを読むふと気が付くと、いつの間にか消えてしまったという物が結構あるものだ。乗用車なら三角窓、消えそうなのが灰皿とシガーライター、見えないところではニップル。 もうニップルなど若者には死語だろうが、昔といってもWWⅡ以後だが、自 […]
続きを読むWWⅡ直前、世界中の新鋭戦闘機が時速600㎞で苦労をしていた頃、独逸の時速750㎞に世界が驚き恐れを抱いた。その名はメッサーシュミットMe109。が、戦後に750㎞はガセネタと判る。パリダカなどのラリー車と同様、姿は市販 […]
続きを読む1886年創業だからオペルは老舗だが、創業時は裁縫用ミシン屋で、その実力はヨーロッパでトップ。いや世界一の生産量を誇るほどだった。そして自動車生産を始めたのが1900年。 ヨーロッパ自動車市場でもオペルは一番になるが、W […]
続きを読むかつてカイザーフレイザー社について書いたことがある。造船王が戦争終結で、平和なこれからの世界を生き抜く道を探した時に、これからは自動車と決めたのだ。 早速、人材を集めて新車開発に目処を付けたが、次の課題は自動車製造工場。 […]
続きを読む近頃ではF1ドライバー、昔はグランプリドライバーと呼んだが、誰もが認める名手となればミハエル・シューマッハ。少し前ならアイルトン・セナ。我々オジンの若き頃はファン・マニュエル・ファンジオがその一人だった。 誰が上手いかは […]
続きを読む1924年発足のMG社のMGは、モーリスガレージの頭文字からとは、既に皆様ご存じのはず。当時のモーリス社は、乗用車のモーリスオックスフォードとモーリスカウリーを製造していた。 そのモーリス社でセールスマネージャーをしてい […]
続きを読む俗に云う”BC戦争”とは、単にブルーバードとコロナの戦いとだけでは済まされないものがある。敗戦の後遺症から脱出を目指した昭和20年代。先進一流国を目標に”追いつけ追い越せ” […]
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