【車屋四六】和製ムスタングの話
1970年代は、60年代まで憧れだったアメリカ車の人気が未だ我々の頭の隅に住み着いていた。 60年代の日本は、そろそろ敗戦貧乏から抜け出そうという時期だったが、日本製乗用車は実用優先で人を運ぶ道具でしかなかった。もっとも […]
続きを読む1970年代は、60年代まで憧れだったアメリカ車の人気が未だ我々の頭の隅に住み着いていた。 60年代の日本は、そろそろ敗戦貧乏から抜け出そうという時期だったが、日本製乗用車は実用優先で人を運ぶ道具でしかなかった。もっとも […]
続きを読む93年に本稿をカー&レジャー紙に書いているとき「電動パチンコはハタチです」とTVが紹介。ということは、電動パチンコは昭和48年生まれと云うことになる。 私が高校生の頃渋谷で夢中だった昭和30年代は、玉を左手で一個入れては […]
続きを読む神国日本がよもやの敗戦から25年、四半世紀が経った昭和45年=70年にトヨタから誕生したのがカリーナである。 「足がいいやつ・チバちゃん」というようなコマーシャルだったと記憶するが、アクションスターの千葉真一をキャラクタ […]
続きを読むドイツでは名門オペルだが、日本から失せてしまった。このオペル、ヨーロッパでは売れっ子ブランドだったのに、何故か日本での人気は上がったり下がったりである。(写真トップ:オペル・オリンピア・レコルト:WWⅡ以後、ドイツ製はも […]
続きを読むステーションワゴン(以下ワゴン)という車は何故か日本では不人気で、バブルが膨らんだ頃には見捨てられた存在になっていた。やがてバブルが弾けて乗用車販売が落ち込んだが、RVは元気だった。そのお陰か、ワゴンの存在感が徐々に育ち […]
続きを読む愛知機械工業(株)など云っても知らない人ばかりになった。手元の古い名簿では、本社所在地:名古屋市熱田区一番町六丁目一番地・電話:名古屋六六局一一一一番。東京出張所:中央区銀座四丁目五番地とある。 愛知機械は昭和30年代、 […]
続きを読むALPINE=国が違うと、アルパイン、アルピーヌ、アルピナなど、発音の違いはあるが、ヨーロッパ人にとりスポーティーで心地よい響きの言葉のようである。 そして自動車の名前になったときには、おおむね高性能でカッコウ良い、言う […]
続きを読む数字で500をイタリー語でチンクエチェントと云う。こう云えば車フリークの読者はもう気付いたはず。そうWWⅡ前に誕生し、戦後に掛けて一世風靡のフィアット製小型大衆車である。 何しろ長期にわたる人気者だから、たくさんのバリエ […]
続きを読む日本ではFFだったが、4WDと共に日本流英語だ。世界ではFWDでありAWDと呼んでいる。日本でFWDの早期採用はスズキフロンテで、次にスバル1000、シビックなどである。 が、日本の両巨頭は腰が重く、日産に登場したのが7 […]
続きを読むマツダは、世界に先駆けてロータリーエンジン(RE)の本格的量産化に成功した会社だが、イメージ確立目的で開発したコスモスポーツで世間にアピールして実用化時代に向けてスタートした。 俗に云う「マツダのロータリゼーション」であ […]
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