WWⅡ以前の著名欧州車三台のポスター

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八回にわたりダイムラーベンツ日本より頂戴した綺麗なポスター集{Der Stern ihren Sehnsucht=The Star of Her Dreams}から、第二次世界大戦中までを紹介したが、もちろん当時のポスターはDBばかりでなく世界各国、各社も同様で、先ず、欧州車の中から三点程を紹介しようと思う。

一枚目は、フィアット・ティーポ508バリッラ。バリッラは1932年/昭和7年のミラノショー登場が初お目見えで、長いフィアットの歴史の中で、大衆車の最高傑作と云われた乗用車だった。
姿は米車の小型という感じで、それぞれの機構は平凡だったが、故障が少なく、12.5km/ℓという経済性と相まち高い評判を得たのである。4ドア四座サルーン、ツアラー、二座のスパイダー(ロードスター)の三形式があった。
このポスターにはエピソードがある…ローマ法王庁からのクレームは、扇情的で世情に悪影響を与えるというものだった。

二枚目は,世界最高価、最豪華、最高性能と、王侯貴族富豪のためにコスト無視で1927年から33年までに6台造られたブガッティ・タイプ41ロワイヤル。

世界の富豪だけにと高価・豪華・高性能をコスト無視で追求開発したブガッティ・タイプ41ロワイヤル/1927~33年。

もちろんボディーは一台毎に注文架装だが、世界恐慌という不運の影響もあり、売れたのはたった三台だけだった。
現在その半数が博物館所有なので、残る数台の民間所有車が売りに出され、めったに買うチャンスがないことでも知られている。
古い車の生き字引とも云われた故五十嵐平達が、トヨタ博物館開設に向けて世界で名車を買い付けていた時、たまたまロワイヤルの売り物が出た。彼は「トヨタの購入予算が50億円程なのにロワイヤルが25億じゃと涙を飲むしかなかった」と話していた「二度と買うチャンスは来ないだろう」とも。

アルファロメオ6C1500/1926年。

三枚目は、アルファロメオ6C1900のようだ。この時期、1929年に発生した世界恐慌のせいで、33年頃アルファも経営不振に陥り、政府の梃子入れで半官半民状態の経営になり、得意のレース活動も中止した頃の作品と思われる。
そもそも6C1500は26年のミラノショーが初お目見えで、そのあと有名な6C1750 に繋がり、レース場で名だたる強豪を倒しまる名車のベースとなるのである。
6Cシリーズを生み出した天才Vヤーノ技師が37年に会社を去り、彼の遺産の8気筒モデル8Cシリーズと両輪で、この苦しい時期をアルファは乗り越えたのである。
ちなみに39年には6C2500になり、WWⅡ以後の51年迄生産されて活躍した。

車屋四六:1960年頃よりモーターマガジン誌で執筆開始。若年時代は試乗記、近頃は昔の車や飛行機など古道具屋的支離滅裂記事の作者。車、飛行機、その他諸々古い写真と資料多数あり。趣味はゴルフと時計。<資格>元JAFスポーツ資格審査委員・公認審判員計時一級・A級ライセンス・自家用操縦士・小型船舶一級・潜水士等。著書「進駐軍時代と車たち」「懐かしの車アルバム」等々。

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