ダイムラーベンツのハッタリ広告

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云わずと知れたダイムラーベンツ/DBは、一大兵器メーカーでもある。航空機用エンジンはお手の物で、WWⅠ、WWⅡ、どの戦争でも戦闘機や爆撃機などで活躍した。

ちなみにWWⅡ開戦直前、列強の戦闘機の性能を比較してみよう。
米国:カーチスホークP40/1939~44:アリソン1200馬力・max最高速度563km・R航続距離1200km・T総生産13738機。
英国:ホーカーハリケーン/1937~44:ロールスロイス1280馬力・max523km・R750km・T14583機。
英国:スーパーマリン・スピットファイア/1938~45:ロールスロイス1030馬力・max582km・R680km・T22351機。
日本海軍:ゼロ戦/1940~45:栄940馬力・max533㎞・R2200km+増槽3300km・T10430機。
日本陸軍:一式隼戦闘機/41~45:栄1150馬力・max582km・R1620km+増槽3000km・T5751機。
そして独逸メッサーシュミットBf109/1937~45:DB1100馬力・max621km・R600km・T33000機。
*各機戦争で急速に進化するが全て初期型の性能*

各国に恐怖を与えたポスター:中央DB601は倒立V12 気筒/左端円盤状は二速型スーパーチャージャー/日本でもライセンス生産で川崎航空機と愛知航空機で生産し飛燕や彗星に搭載した。

ここで問題のポスター、メルセデスとあるから乗用車のPRだが…何が問題かというと「755.11」という数字だ。
1939年3月30日、DB601搭載ハインケル112Uが時速746.6kmを樹立。次いで4月26日、メッサーシュミット109Rが時速755.11kmで国際新記録更新というのだ。

メッサーシュミットBf109-/英国ロイヤル空軍博物館で:総生産33000機余は戦闘機世界最多生産記録/ピカソのゲルニカで知られるスペイン内戦に三機参戦は実戦試験だったようだ

ダイムラーベンツは1926年に航空エンジン開発を再開。28年登場したのがDB600水冷倒立V型12気筒キャブレター型・33.9ℓ(605=35.7ℓ)のハインケルが、35年に時速634.370kmの世界新記録を樹立。
そして燃料噴射のDB601搭載のメッサーシュミットが世界新記録樹立、世界最速戦闘機誕生というのである。

冒頭で述べたように、WWⅡ開戦頃の列強戦闘機の速度は500km台なのに、独逸戦闘機は700km、1kmでも早い方が有利という戦闘機だから、こいつは大事件…各国に「お前達ドイツには太刀打ち出来ないぞ」と洗脳するためのナチ流PR作戦だったのである。

が、日本の報道同様、戦後になりガセネタと判る。もっとも実際にメッサーシュミットは飛んで記録を樹立したのだが、飛んだ飛行機の姿かたちは109だが、戦闘機ではなくファクトリーチューンの記録樹立用特別仕立て(Me209V1)だったのである。

このおこがましいポスター公開は、ベンツとしては不本意だったろうが、国策としてナチの手前、やらざるを得なかったのだろう。
ちなみに大戦末期601は気筒容積拡大の605が登場するが、標準87オクタン燃料で1445馬力、改良燃料で1775馬力、100オクタンで1970馬力に。それを搭載の109G型は665kmを記録、高高度用109Hは1万メートルではあるが750kmに達したそうだ。

ベンツ創業50周年記念ポスター/1935:ベンツと娘クララが乗る成功作ビクトリアとGPカーW25で速さと強さを強調/ヒトラーの国威高揚政策のGP制覇の意気込みが感じられる

 

車屋四六:1960年頃よりモーターマガジン誌で執筆開始。若年時代は試乗記、近頃は昔の車や飛行機など古道具屋的支離滅裂記事の作者。車、飛行機、その他諸々古い写真と資料多数あり。趣味はゴルフと時計。<資格>元JAFスポーツ資格審査委員・公認審判員計時一級・A級ライセンス・自家用操縦士・小型船舶一級・潜水士等。著書「進駐軍時代と車たち」「懐かしの車アルバム」等々。

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