古今東西芸能人はクルマ好き

コラム・特集 車屋四六

芸能人の本質は目立ちたがり屋だと思う。もっとも引っ込み思案で目立たぬ存在では何時までも下積みで、晴れの舞台には上がれないだろうから当然なのかもしれない。

で、成功した一握りの人達は、WWⅡ後の貧乏国時代でも、ステイタスな車を乗り回していた。羅生門の三船敏郎はドでかいオースチンA125シアーラインやロールスロイス・シルバードーン。君の名はで登場し、イブシャンピ監督と結婚した岸恵子も大きなアームストロングシドレイに、こいつは名優山村聰も乗っていた。

力道山ならではと思ったのはキャデラック。

有楽町で逢いましょうのフランク永井はジャガーMK-Ⅱにモーガンというようにスポーツカーが好きだったようだ。スポーツカーと云えばベンツ300SLだが、石原裕次郎が有名だ。彼は大学の後輩で確か四谷のレストランのフランクスで「300SL探して」と頼まれたが見つからず、その後手に入れた300SLの最初のオーナーは、小糸製作所の社長だったと聞いている。

日本でスポーツカーの代名詞だったMG-TDは三船敏郎や三国連太郎が。MGやジャガーXK-120は芸能人御用達車の定番だった。

もっとも今にして思えば、あこがれのMGは新車でもボディーはガタガタで乗り心地最低だったが、爽快感抜群というより目立つこと間違いなし、というのが芸能人には受けていたのだろう。

WWⅡを挟み戦前戦後スポーツカーの本場は英国で、戦後欧州に進駐した米兵が本国に持ち帰り、スポーツカー人気が盛り上がった。

となるとGMもフォードも黙ってはいない。54年にGMコルベット、55年にフォード・サンダーバード=Tバードが誕生した。

初代コルベット1954年型:軽量化目的のFRPボディーが斬新だった

コルベットのFRPボディーは斬新なだけに日本では修理困難で修理屋泣かせだったが、TV連ドラ{ルート66}で有名になる。十朱幸代と結婚したウエスタン歌手小坂一也が愛用。アンルイスも乗っていたし、所ジョージは今でも持っているようだ。

二座席のTバードには、雪村いずみの妹、朝比奈愛子が。恒例SCCJ長岡ヒルクライムで私がヒーレイ100で優勝の帰り、箱根でしつこくモーガンに追い回された。バックミラーに写った振り切れないほどの腕前の持ち主はミッキーカーチスだった。彼は吉村真理と結婚離婚した日劇ウエスタンカーニバルのスターだが、立川談志の弟子になり落語上手になる。

大学同期の作曲家三保敬太郎は、日本GPの頃、大馬力のコブラを乗り回していた。六本木でエクスカリバーを見たら運転は千昌夫。北島三郎も持っていたようだが、現在は大御所らしくベントレイ、マイバッハ、ロールスロイスらしい。

ロールスロイス・シルバードーン:三船敏郎のは黒一色だった

北方謙三はマセラティのクーペとセダン。玩具コレクターで知られる北原照久はAMG・SL55とマクラーレンSLRとかなり凝っている。樹木希林とレンジローバーは面白コンビだが、60年代私が通っていた赤坂のスナックに、古今亭志ん朝がアルファロメオで良くやってきた。

 

車屋四六:1960年頃よりモーターマガジン誌で執筆開始。若年時代は試乗記、近頃は昔の車や飛行機など古道具屋的支離滅裂記事の作者。車、飛行機、その他諸々古い写真と資料多数あり。趣味はゴルフと時計。<資格>元JAFスポーツ資格審査委員・公認審判員計時一級・A級ライセンス・自家用操縦士・小型船舶一級・潜水士等。著書「進駐軍時代と車たち」「懐かしの車アルバム」等々。

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