<アーカイブ>初代カローラ開発者、長谷川龍雄氏が語る「設計者の意図」(交読新聞1966年11月掲載)

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今秋、新型カローラの登場がいよいよ間近に迫ってきた。プラットフォームから一新、スポーティな外観に生まれ変わることで、これまで以上に魅力的な車になりそうである。大いに期待されるところだ。

さてカローラといえば、初代カローラの開発主査であった長谷川龍雄氏が掲げた「80点主義」。現在までトヨタのクルマづくりの思想として語られることも多いが、実際のところ長谷川氏はどのような想いで初代カローラを開発したのか。今回は「週刊Car&レジャー」の前身となる「交読新聞」の紙面から、初代カローラ発売にあわせて掲載された長谷川氏による手記「設計者の意図」を紹介しよう。


<交読新聞 昭和41年11月10日発行号掲載>

設計者の意図
トヨタ自工製品企画室主査
カローラ・チーフ・デザイナー
長谷川龍雄氏

・幅の広い需要を狙う
私達、カローラ・デザイナー・グループは、カローラの設計に当って、まず幅の広いファミリーカーを狙いとした。つまり、どんなタイプの人でも満足して乗っていただける車を開発しようとしたわけである。

私は常々、車を設計するに当って、八十点主義をモットーとしている。つまり、その車のどの部分をとりあげてもすべてが合格点であって、ひとつでも落第点があってはだめだということである。例えば、いくら性能が良くても、耐久性がないとか雨漏りがするということでは落第であり、細かくいえば、いくら室内が良くても、灰皿の角で手を切りそうなのは不合格であるということだ。

・だが個性は失わず
しかし、すべてが八十点であっては個性のない車となるので、いくつかは九十点から百点のポイントをつくり、その車の個性をつくりあげるようにしている。この基本的な考え方は、カローラについても同じである。

私はカローラのチーフ・デザイナーとして、四つの夢をもって設計・開発していった。

まず第一は、ゆとりのある車でありたいこと。つまり、無理な設計をせず、常に余裕をもった車にしたいとした。

例えば、最高速度であるが、乗用車にしろ、トラックにしろ、一番良いのはエンジンの力を75%程度使っていることだ。カローラの場合、名神や東名、中央道など高速道路が出来ても常用速度は100キロ/時前後なので、そこから逆算し、最高140キロ/時だせるエンジンを開発した。これならば決してエンジンに無理をかけず、常に余裕のある走行をすることが出来る。

・優越感、余裕、親近感
第二に、乗る人がヒケ目を感じない車でありたいこと。もちろんカローラは1100ccの車なので、中型車にすべての面で対抗できるものではない。しかし、例えば鋭い出足などで、中型車よりもすぐれているんだという優越感がもてる車にしたいと念願した。

また、スタイル上でも、如何にも大型車であるといった薄い感じをもたせず、DX感、重厚感を持たせて一流の場所に乗りつけても恥ずかしくない感じを持たせた。

第三は、身近な車でありたいこと。大衆車という以上、クラウン・クラスの感じでは、何かよそよそしさを感じるし、オーナーの感情とそぐわない。身分相応といえばゴヘイがあるが、カローラといえばいつも身近に感じられるような車に仕上げた。

最後は、いつまでも乗り続けていきたいと感じる車にしたいということである。大衆車といえば、何か軽い車のように感じるし、いろいろな車も出ている。そのなかで、カローラのオーナーは次もカローラに乗り、その次もカローラに乗るといった感情が自然に湧き出るような車にしたかった。

私は、こういった“夢”を抱いてカローラを設計し、それをできるだけ実現させるように、細かな部分にまで配慮を払った。

・百点目指した七項目
私の八十点主義のなかで、九十点から百点を狙って特に重視したのは①スタイル②高速設計③快適設計④静粛設計⑤経済設計⑥耐久設計⑦安全設計の七点である。以下、簡単な説明をしてみたい。

①スタイル
アメリカン・スタイルでもなく、ヨーロッパ調でもないデザインで、トヨタが独自の立場からイメージ・アップした純国産の日本調である。スポーティなファースト・バック、ダイナミックな曲面デザインで構成した。

②高速設計
このクラス最高の最高速度140キロ/時をもち、加速性能もSS1/4マイル19.7秒で、スポーツカーを除いて世界最高のものを持っている。5ベアリング・クランクシャフト、ダブル・チェーン・ドライブ、ハイカムシャフトなどで連続高速耐久性にすぐれ、前進4段オールシンクロのフロアシフト、ダイヤフラム式クラッチで連続高速走行でも疲れない。

③快適設計
曲面ガラスで室内を広くし、シートは前後12センチ調節可能、背もたれも16通りの角度調整ができ、フルリクライニングになる。エンジン音は静かで、路上からの騒音・振動もなく、トレッドが広く乗り心地がよい。

④静粛設計
騒音を出さない、伝えない、入れないの三原則を徹底的に追究。ヒーター、ドアの音に至るまで静かさを求めた。

⑤経済設計
四段ミッション、アルミヘッド・エンジンで、オイル消費量が格段に少なく、燃費は22キロ/L(公式試験)。足回りの給油は不要で、メインテナンス期間は5千キロ毎。電気泳動塗装のため防錆がよく、将来が有利。

⑥耐久設計
エンジンは連続高速走行にビクともせず、ユニ・フレームと無理な減量をしないので酷使に耐えられる。塗装も電気泳動塗装と静電塗装で耐久性は完璧である。新設計のストラット型サスペンションで足回りは強く、ステアリング・リンクは無給油化され、駆動系も抜群の強さがある。

⑦安全設計
運転者にも、歩行者にも安全であるように設計されている。安全パッドは計器板、前席の背もたれにもつき、スイッチ類は安全パッドより前に飛び出していない。安全ベルト・アンカレッジをつけ、ドアロックはカムタイプにして安全率を高めた。

リヤ・バンパーの端は車体に埋め込まれ、ドア把手もつき出ていないのでひっかけることがない。ターン・シグナルランプをヘッドランプから離して対向車が確認しやすくし、サイド・フラッシャーランプも大型にして斜め後ろの車も確認しやすくし、大型バックアップ・ランプ、ダブル・ホーン、ドア・スイッチを標準装備している。

なお、最後に付け加えたいことは、1000ccと1100ccとは僅か100ccの差しかないが、これは十分の一のプラスではなく、エンジンの摩擦係数をみてもはっきりと証明されるように、100ccの差は十分の三から十分の四の差に当るということだ。ヨーロッパの車が特に1100ccにしているのも、1300ccから1500cc車の居住性、性能を持たせるためにしていることを認識していただきたい。

常用速度を100キロ/時におき、それをエンジンに無理をかけない87.5%にしたとき、それに合う排気量はいくらかというように、満足し得る性能を想定して、そこに到達するよう設計を進めていった結果が、このカローラという車である。

 

 

<解説>
現在でも語られる「80点主義」「80点主義+α」だが、当の長谷川氏の想いは言葉からイメージされる何でもそこそこの「平均点主義のものづくり」といったものではなく、もっと高みを目指していたように感じられる。全体は80点とは言いながらも、スタイル、高速性能、快適性、経済性、耐久性、安全性はほぼ満点を狙ったというのだから、「80点+α」どころではなく、実質「ほぼ満点主義」だ。そこから生まれた初代カローラが大ヒットしたのも納得である。

では、こうしてデビューした初代カローラの走りは、どのように評価されたのか。続いて試乗記をみてみよう。

<初代カローラ試乗記>

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