【車屋四六】しぶとく生き残るリヤカー

コラム・特集 車屋四六

自転車の後ろに曳く荷車だからリヤカー。語源はリヤーカーだろうが、英語嫌いな明治生まれが良くぞ命名したものである。昭和一桁生まれの私が子供の頃は、街中にあふれていた…リヤカー誕生のヒントは江戸時代からの大八車だったと聞く。

当時、少量運搬はリヤカーと大八車。裕福商店ならオート三輪。重量物は牛車か馬車で東京の道でもそこら中に牛馬糞が落ちていて、裸足で踏めば背が伸びると踏んでいる子供達もいた。

魚屋、八百屋、氷屋、薪炭燃料商、畳屋、大工、金魚売り、風鈴売り等々、リヤカーのユーザーは、あらゆる職業、広範囲に及び、安価手軽で便利な運搬道具だったが、大量に造られたのに、ほとんどが町工場製の手作りだった。
そんな工場を子供の頃のぞいていたら「このハンドルの微妙な曲線を出すのが難しいんだよ」と職人が自慢げに話してくれた。

積荷は段ボールのようだが、これだけ積めばもう少量運搬具とは云えないだろう。私が子供頃は良く見掛ける風景だったが

さて、リヤカーは自転車で曳くために生まれたようだが、近所の配達などでは人が曳くことが多く、WWⅡ以後は原付バイクでも曳くようになるが、その頃から姿を消し始めた。

が、時代と共に淘汰が始まり消えていくのかと思いきや、今でもしぶとく生き続けている。近頃では、車に積める折り畳み型、軽量化のため鉄パイプでなくアルミパイプ製なども登場している。
屋台用の注文も絶えないそうだ。焼き芋屋、おでん屋、支那そば屋、焼き鳥屋などは注文に波がないので助かるが、塩気が多い食べ物なので、腐食に強い厚めの材料を使うそうだ。

リヤカーにセットされた焼き芋屋台

いずれにしても近頃見掛けなくなったというのは気のせいだったようで、商人の配達運搬用は軽トラや1BOXに変わっただけで、屋台用をはじめ工事現場などでは相変わらず活躍を続けている。

最近では、用途毎に使い勝手を考慮した注文もあるそうだ。
その代表的作品は、宅配業者からの注文で、自転車で曳くが全幅は狭くというのが意外に好評で、道交法の改正以来、駐車禁止の強化が追い風になり、売上げは順風満帆だそうだ。

英語らしいリヤーカーという名から舶来と思っている人も多いようだが、大正末期に日本人が発明した純国産運搬具だった。
そんなリヤカーが淘汰されると思いきや、時代毎の需要要求に対応しながら、しぶとく生き続けているのは大した生命力である。

いずれにしても、物を運ぶという仕事がある限り、形を変え、改良を続け生き残るであろう、先が楽しみな道具でもある。

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