【車屋四六】フェアレディZターボとTバールーフ

コラム・特集 車屋四六

1969年誕生のフェアレディZはスポーツカーでは世界的傑作。
その後米国の安全規制でオープンカーが世界から消滅、Zもとばっちりを受けたが、78年にルーフを付けて新型衣替えで復活した。

更に苦肉の策で登場したのがTバールーフ…屋根を外せばT型の骨格が残り、転倒しても安全という仕掛けだ。Zは83年にモデルチェンジするので、82年撮影の二台は最終の頃である。
当時のカタログによれば、幌型は当然なく、二座席と四座席・2ℓと2.8ℓという構成だった。

Tバールーフの登場は80年で、82年のマイナーチェンジで2ℓターボが追加された…当時は排ガス規制対策で各社のエンジンがパワーダウン、スポーツカーも例外ではなかった。
で、ターボ前のZの2ℓなどは、フ抜けのロバみたいだった。

日産L20E-T、量産では日本初のターボエンジン。セドリックで登場しフェアレディにも搭載された

各社パワー回復に苦心惨憺する中で、日産はターボで切り抜けようとして、79年に登場したセドリックが日本初のターボ搭載車。2ℓZの写真を見るとボンネットに2個、効率よく外気を取り込む当時流行のNACAダクトが精悍さも演出している。

そのL20Eはターボのせいで145馬力/21kg-mと対策前の元気を取り戻したが、低回転時のトルクがNA時代より強くなり、MTのずぼらな街乗りなどではターボの方が扱いやすくなった。

テストコースでは最高速度も200㎞を超えて、対策前の元気を取り戻し、空力に優れたクーペボディーのせいで、150㎞を超えてからの直進安定、風切り音など全て良好と、当時レポートしている。

Tバールーフを上から:車はNA2800+3AT仕様車

全長4420x全幅1690x全高1295㎜・WB2320㎜/二座席・車重1225kg・1998cc・ECCSと呼ぶ電子制御燃料噴射と5MTというのが試乗車のスペックだった。

御存知のように日産L型エンジンは、バランスが良く直列六気筒OHCの傑作と誰もが認めていたが、それがターボで対策前のパワーを取り戻したことで、ほっと安堵したことを覚えている。

パワーステアリングはラック&ピニオン、前輪マクファーソンストラット/後輪セミトレーリングアームという手慣れた構造、ターボ装備車では四輪ディスクブレーキ標準装備、ポテンザRE86M・215/60R15→60%タイヤ日本初装着と自慢していた。

当時の日本はバブルに向かい急上昇中で、世の中景気が良かったが、排ガス対策で苦しむ自動車会社には、受難の時代でもあった。

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