【車屋四六】BMWの失敗作

コラム・特集 車屋四六

タイトルは失敗作だが、欠陥・駄作と云うことではない。
ドイツはWWⅡの敗戦国。前半の勝ち戦を折り返すと、北からソ連軍、南西から連合軍、戦場と化した両軍通過の後、そして連日の猛爆で、国土は瓦礫の山と化した。

そんな満身創痍の中、戦地からの帰還兵、生き残りの工員や職員が徐々に集まり、工場再建→生産再開と自動車産業は息を吹き返していった。

ちなみに同じ敗戦国でも日本戦後の物流や交通手段は、自転車、リヤカー、大八車、牛馬車とかなり違った様相だった。が、ドイツは自動車先進国らしく、軽二輪や軽自動車が先手を切った。

もちろん老舗も戦前型モデルで市場に復帰し、一段落すると戦後型開発に着手し、かつての栄光を取り戻そう高級車開発も始める。
で、待望の高級車の第一弾登場が1952年/昭和27年開催の、フランクフルト自動車ショーだった。(写真トップ:1990年頃ドイツで撮ったBMW502-3.2スーパー:手入れの良い姿に通行人がしばし足を止めていた)

同じ年の日本の状況といえば、ダットサンスポーツとプリンスセダン、前年にダイハツビー、トヨペットSF登場。戦中からのガソリン統制解除、砂糖統制廃止、日航木星号三原山激突、電気洗濯機出現、巷にはリンゴ追分・芸者ワルツが流れていた頃である。

ショーに登場した高級車は二台。ベンツ300とBMW501。
今のマイバッハほどの価値があるベンツ300の人気とは裏腹に市場でのBMW502の人気はいまいちだった。

かつてBMW日本の幕張本社に展示されていたBMW502-3.2スーパー:観音開きドア、美しい木目のトリム、純毛のシートや内張が良く判る

 

シルキーシックの名で知られる伝統の直列六気筒OHVエンジンも、1971ccではパワー不足だった。早速改善、53年にアルミ製V型八気筒2580ccを発表、こいつは戦後初のドイツ製V8だった。

このV8は、翌年8㎜ボアアップして3168ccになり、出力も100馬力から120馬力になり、シリーズ名を501から502に改める。
それで評判を取り戻すが、なによりの収穫は、V8搭載が生み出す高級車イメージだった。

が、502の進化は更に続き、57年、ゼニス型キャブレター二連装で出力を増し、そのシリーズを502-3.2スーパーと銘打った。
この出力強化により、ベンツ300の最高速度160㎞を遂に上回り、170㎞と優位に立った。90年にドイツで撮った502は、そのスーパーだが、既にクラシックの臭いで通行人が立ち止まっていた。

が、502は評判の良さとは裏腹に、BMWの経営を圧迫した。
300と共に廉価版170シリーズ併売で堅実に経営再建のベンツに対し、BMWは高級車一本槍経営が失敗の原因だった。

で、BMWは心機一転、何とBMWイセッタ=軽自動車からの再スタートに踏み切るのである。そして着々と再建に成功する話しは、既に度々書いたし、これからも紹介するつもりである。

運転席:ハンドルの中にホーンリング、当時世界的流行のコラムシフト、三角窓健在、吊下型ペダル・小さなアクセルペダル、中央にラジオと手前下にスピーカー、手作りの木目が美しい

 

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