【車屋四六】メルセデスベンツ300TDT

コラム・特集 車屋四六

20世紀中頃のステーションワゴン人気は、21世紀に入り薄れてしまった。ミニバンやSUVに人気の座を奪われてしまったのだ。
が、写真の1985年型ベンツを試乗した頃は人気者、外車ワゴンは憧れの的だった。

85年と云えば昭和60年、バブル絶頂期らしく国税庁発表の全国長者番付100人中、土地成金が49人も居た時代である。が、トップは土地成金ではなく、毎年お馴染みの松下幸之助だった。

当時ベンツの輸入元はヤナセで、ゴルフ・アウディ・そしてキャデラックを筆頭にGM各社も雁首を揃える品揃えを誇っていた。
もちろん業績も絶好調、写真トップはWWⅡ後に畑から温泉が発見された山梨県石和でのベンツ全シリーズ一泊報道試乗会で撮ったもの。

その時、特に興味を持ったのが、ターボで力を増したディーゼル搭載の300TDTだった。ドイツでは燃費が良く故障が少ないの理由でノンターボのタクシーを沢山見かけたが、走ればアメ車で育った我々にはパワー不足イライラしたものである

ターボで元気になった試乗車の心臓は、五気筒OHC・ボアストローク=90.9x92.4㎜・2998cc・125馬力/4350回転・25.5kg-m/2400回転という性能。

せっかちな性格の日本人も、ターボ加圧で125馬力とガソリンエンジンに匹敵するパワーなら問題無かった。が、当時のターボは全域強力の今様ターボとは異なり、中速域で介入し急加速に転じる物が多く、このベンツも2500回転辺りからモリモリと力を増すタイプだったが、誰もがそれが当たり前と満足していた。

四速型ATの初期加速は少々かったるかったが、走り出せばガソリンレベルの加速感で、充分な満足感が得られた。
乗り味は、いわゆるベンツらしきもので、路面から凹凸の伝達、硬めでしっかり感十分なシート、誰もが憧れた感じだった。

全長4725㎜、全幅1785㎜、全高1470㎜・車重1470kg・室内は勿論、スペアタイヤを左に縦置きした荷室も充分な広さを確保していた…ちなみに荷室の床から起こす三列目シートで七人乗りになるが、こいつは後向きで、子供達が後続車に手を振ったりしていた。

ルーフレールにぴたりと納まる専用トランク二個:荷物を入れると重くて脱着できなかった

車体上部のルーフレールには、搭載状態で空力も追求したというトランクが前後に二個装備できるのが注目された。が、その値段を聞いてビックリ。一個35万円で合計70万円が必要だった。
この300TDTの販売価格は約700万円もしたとはいえ「トランクだけで軽自動車が買えるじゃないか」と驚いたものである。

驚いたと云えば、JALのジャンボ機が迷走して御巣鷹山の墜落炎上史上最大の死者を出し、もう一つネズミ講豊田商事の永野社長の刺殺事件がTV中継されたこと、85年の出来事だった。