【車屋四六】ビスタ1982

コラム・特集 車屋四六

ギネスが認定した、司会者一人のTV長寿番組{タモリの笑っていいとも}がスタートした昭和57年は、小泉今日子・早見優・堀ちえみ・中森明菜…可愛い四人娘が人気で、{北酒場/細川たかし}{赤いスイートピー/松田聖子}の唄が流行っていた頃だった。

昭和57年=1982年、トヨタから画期的セダン{ビスタ}登場。新規ブランドのビスタは、FFのメリットを最大限に生かしたセダンだった。が、トヨタ初のFFなら78年登場のターセル&コルサだ。
ここで釈迦に説法:FF=前輪駆動は日本語で、英語圏ではFWD=フロント・ホイール・ドライブと通称する。

ビスタの感心どころはキャビンの広さだった。全長4415x全幅1690x全高1395㎜。値段で50万円もの差がある上級モデル全長4670x全幅1690x全高1425㎜のマークⅡより広かった。
それまでは、上級=値段が高い・値段高けりゃキャビンが広い、が我々の常識だった。

ビスタの誕生は3月で、7月になるとATを追加、8月には5ドア・ハッチバックを、そして2ℓ搭載車も追加、83年8月には1.8ℓディーゼル搭載と、ラインアップを充実させていった。

発売当初は新開発の1S-FE型1832ccだけで、その性能は、BxS=80.5×90㎜と高回転髙出力型・圧縮比9.0・100馬力/5400回転・15.5kg-m/3400回転・まだキャブレター仕様だった。

当時燃費表示は10モードの時代だが、60㎞定置燃費も併記されていた。で、燃費=10モード14.0km/ℓ・60㎞定置24km/ℓ。
三浦半島方面を試乗して、その実走燃費が14.3km/ℓで感心したことを覚えている。さらにゼロ100㎞加速=12.4秒、三速でレッドゾーン6000回転時153km/h、切れ味が良いという印象だった。

直線と平面とスラントノーズで構成された台形スタイリングは、如何にもFFの斬新さを思わせ、走れば風切り音も低く空力も良さそう。とにかく、低い床、広い床、広々としたキャビン、どれもがFFならではであった。
装備も、世界初マルチコンフォートエアコン、またエレクロニク・ディスプレイ・メーターなども斬新感があった。

82年誕生のビスタ、兄弟のカムリは、床下にプロペラシャフトがないFFのメリットを最大限に生かしきったキャビンが素晴らしかったのに、以後FF車が増えるにつれて、このメリットが徐々に失われていったのは残念なことだが、それは世界的傾向でもある。

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