【車屋四六】プリンスR380

コラム・特集 車屋四六

日本初の本格的サーキットが鈴鹿に完成した翌年の昭和38年=1964年に、第一回日本グランプリが開催された。そして翌年第二回に向け、必勝を期をして開発されたのがスカイラインGT。

第二回目の観客下馬評は、そのスカイラインGTの優勝に誰もが疑いを持たなかった。が、突如その前に立ちふさがったのが、ポルシェ904GTSだった。

904は式場壮吉が購入してのエントリーだったが、それは表向き。実はトヨタが買い与えたというのが、舞台裏の真実。スカイラインが勝ち、販売に弾みがつくのを牽制するのが目的だった。

結果は904GTSの優勝で終わったが、二位のスカイラインの予想外な人気上昇で、トヨタの目論見はモロに外れてしまった。という話は、既に御承知のエピソードだと思う。

優勝を逃しても営業的には成功したプリンスだが、車造り技術なら日本最高を自負するプリンスは、第三回に向けて必勝のマシーン開発に着手した。

第三回は、鈴鹿サーキットとJAFのごたごたから延期されて、66年完成したばかりの富士スピードウエイで開催されたが、事実上それがFISCOのこけら落としでもあった。

一年の空白も幸いして、プリンスは必勝を期した秘密兵器を作り上げていた。我が国初の本格的レーシングカーで、開発目標はポルシェ904GTSを上回る性能だった。

ベールを脱いだのはプリンスR380。その美しい二座席レーシングカーには、ボア82.0㎜xストローク62.8㎜、1996㏄、DOHC16バルブをギアでドライブする、直四高性能エンジンをミドシップに搭載していた。

マニアがその存在を知ったのは、前年の65年秋。コーナーにバンクを持つ茨城県谷田部の一周6キロの高速周回路で、世界スピード記録にチャレンジしたのである。

60周の200マイル記録に挑んだドライバーは杉田幸朗。途中計時50キロは233km/h、200km/hを234km/hと快調に飛ばしていったが、惜しくも52周、あと8周というところでタイヤがパンク、200マイル記録樹立はならなかった。

が、一週間ほどのあと、再チャレンジ。スピードは前回を上回ったのに変速機のオイル漏れで、またもや記録は樹立されなかった。R380はこの時点で不運を背負った車だった。

200マイル達成は逃したが、途中計時は当時の世界記録を上回っていた。が、谷田部の高速周回路が国際自動車連盟身未公認だったのが不運。で、記録も未公認は、返すがえすも残念だった。

さて、年が明けた五月、第三回日本グランプリは五月晴れの上天気。それが不運を背負ったR380の晴れ舞台。レースは60周/360キロの長丁場。GPのタイトルを賭けた、本格的プロトタイプレーシングカーの戦いとなった。

R380のライバルはまたもやポルシェだが、今度は滝進太郎のポルシェ・カレラ6。プリンスもエンジン出力では互角の210馬力。他に、200馬力にチューニングされたトヨタ2000GT、ジャガーXKE、デイトナコブラなどが相手である。

この歴史的レースは、給油が勝敗を決した。優勝はR380砂子義一、二位R380大石秀夫、三位トヨタ2000GT細谷四方洋。

当時世界の最先端を行くポルシェカレラ6。エンジン出力での差より、やはりレーシングカーの先輩らしく、性能ではR380を上回っていた

注目のカレラ6は、レース前半はR380を駆る熟練職人技の生澤徹のブロックに阻まれたが、ようやくトップに立ち、さあ優勝街道をまっしぐらと誰もが思ったが、途中の給油時間が50余秒。次いで給油のR380の給油は僅か15秒だった。

給油を終えてR380がコースに復帰したら、再びトップの座を取り戻していた。逆転は給油時間の差、常識的給油方法のカレラ6に対して、R380は高い位置からの重力を利用した給油。プライベートチームとファクトリーチームの知恵の差だった。

一方、トヨタ2000GTの三位はフロック。観客にはトヨタも優勝候補だったが、玄人筋のトヨタは度外視だった。長距離型がスプリントレースで勝つわけがないからだ。

が、トヨタ自身、思わぬ三位は、長距離型は一回の給油で走れる距離が長い。当然給油回数が少なく、給油毎に順位が上がり、一時は二位まで上がったのである。

さて、給油時間35秒の差でトップを失ったカレラ6は、追いつけ追い越せとスピード上げた。が、冷静さを失った彼には焦りがあった。結局それが命取りで、42周目の最終コーナーで、コースアウト、クラッシュ、リタイアで、プリンスR380が念願の優勝トロフィーを手にしたのである。

このレースは、プリンスの技術が世界レベルだということを証明したが、搭載エンジンは、その後、無敵のスカイラインGTRを生みだし、フェアレディZ432の心臓となり、内外のサーキットを荒らし回ることになる。

コントロールタワー上部から撮ったカレラ6。予選の前日は雨だった。運転席ドライバーは滝進太郎