【車屋四六】初代スカイライン

コラム・特集 車屋四六

スカイラインは、日本の自動車業界にあって、もっとも知られたブランドの一つと云って良いし歴史もある。スポーティーイメージが強いところはBMWにも似ているが、BMW程の高級感が認識されていないのは残念。

スカイラインは、ゴーン社長が一度は見捨てようとしたと聞く。が、何故か復活して元気を取り戻した。このブランド運の強さも一流である。

昔スカイラインは日産のブランドじゃなく、富士精密のブランドだった。富士精密と富士重工とは兄弟である。進駐軍の財閥解体令で分解した旧中島飛行機の末裔だからだ。

富士精密最初の作品は四ドアのプリンス1500セダン(写真トップ:当時の日本では最も斬新セダンで、日本初のOHVエンジンを搭載。最強、最速を誇った。時の皇太子殿下(現平成天皇)御愛用車は現在日産所蔵)。

こいつは翼を失った飛行機屋が、乗用車業界への足がかりを掴む習作だった

何の変哲もないセダンだが機構は斬新で、日本では草分けのOHVエンジンを搭載。皇太子殿下(現平成天皇)の愛用車でもあった。

富士精密は、プリンス1500セダンでの経験を元に、昭和32(1957)年、日本では大型に属する中型セダンを発表。初代スカイラインである。性能は2年先輩のクラウンを凌いでいた。

スカイラインは、スタンダード93万円とデラックス(DX)120万円。が、両車の外観には見事な違いがある。DXは憧れのアメ車然としたメッキで飾り、次のモデルチェンジで更にアメリカナイズされたグロリアに変身する。スタンダードの外観は無愛想。メッキモールは前から後ろまでの波形だけ。が、これが後に伝統の飾りとなる、サーフラインの源流である。

さて、二代目に分離独立したグロリアは中型のままで、クラウン、セドリックをライバルとして、ますます飾り立てて成長。一方スカイラインはダウンサイズして、鈴鹿の活躍で名を馳せる、スカイラインの元祖となる。

二代目スカラインDX(デラックス):国際的には中型だが、当時の日本では大型車。高性能、機構斬新で当時憧れの米車に似たメッキ飾りが注目された

スカイラインの心臓、直列四気筒GA30型1484㏄は、当時の日本乗用車市場では最強と云われた。

登場は昭和20年代だが、記憶が確かなら、日本初のOHV(オーバーヘッドバルブ)のはず。正確には60ps/4000rpm、10.7kg-m/3200rpm。斬新なツーバレルキャブレター、斬新なコラムシフト4MT。アクセルを踏み続ければ、速度計の針は130㎞を指した。

定員6名の車体寸法は、全長4290㎜、全幅1675㎜、全高1536㎜、WB(ホイールベース)2535㎜。当時の日本車としては最大級の乗用車だった。

前輪Wウイッシュボーン+コイルスプリング/後輪はリーフスプリングだが、路面追従に優れたドディオンアクスルという凝った機構である。

カタログでのDXの紹介では、愛煙家にシガーライター、電流消費が少ないオートクロック、高級プッシュボタン型ラジオ、外気導入型ヒーターと自慢気に書いてあった。

デラックスのサイドモールはゴージャスな演出だったが、スタンダードの方は妙にあっさりとまとめられていた。横に一本のメッキモールはフロントドアの辺りで、V字にアクセントがつけられていた。

このV字が、後々綿々と続いて、スカイラインのシンボルとなる、サーフラインの元祖だった。

二代目スカイラインStd(スタンダード):DXとは別の車と思える質素なスタイリング。アクセントの横腹V字モールが、後々延々と続く伝統サーフラインの源流である