【車屋四六】梁山泊の灯が消える

コラム・特集 車屋四六

1955年、備蓄外貨が底をついて、日本政府が日本人向け外車の輸入販売を禁止したことは、何度も紹介した。そこでブローカー達の暗躍が始まり、東京芝赤坂界隈が梁山泊となった。

駐留軍関係や外交官などの二年使った車の争奪戦が始まるのだが、人気の中心はアメリカ車。世界一裕福なアメリカの製品は高品質でデザイン抜群で、信頼共に世界トップだった。

年々大きく派手に大馬力になるアメ車は憧れの的、引っぱり凧。55年頃まではベンツより、シボレーやフォードの方が人気、ましてBMWなど知らない人の方が多いくらいなものである。ドイツ製で人気が高いのは、スタイル斬新なオペルやフォード・タウヌスで、カブト虫が認識されるのは55年を過ぎた頃からである。

もっともスポーツカーに関しては別で、MG、トライアンフ、ジャガーXK-120など、スポーツカーの本場がイギリスだけに大人気。ほかに少数だがヒーレーやシンガーなども走っていた。

大型のアメ車より小型車が、というオーナー達にはやはりイギリス車で、オースチン、ヒルマン、モーリス、コンサル、ハンバー、ローバー、ウーズレイなどが輸入された。

敗戦国ドイツの車が人気を取りもどすのは、55年以降だが、溜池の三和自動車が扱うポルシェ356のセールスマンなどは「妙な車売れるはずないですよネ」と云っていた。ちなみに、値段は350万円くらい。最初に買った客は梅沢文彦。新橋十仁病院の息子で(現在院長)高校ではクラスメイトだった。買ったのは大学に進学した頃だから、1953年か54年頃だろう。

いずれにしても、一番人気はやはりアメ車。アメリカなら1500ドルほどで売っている大衆車のフォードやシボレー、プリムスなどは、日本で54年までの正規輸入時代には200万円前後で、梁山泊が扱うようになると400万円前後というのが相場となった。

同じように、5000ドルほどの高級車、キャデラックやリンカーン、クライスラーインペリアル、パッカードなども350万円前後だったのが、700万円前後に跳ね上がった。50年代後半に人気が出るベンツ300型などは、ヤナセで300万円でも売れなかったのに、800万円の値が付くようになる。

クライスラー・インペリアル:オートレビュー誌1955年の解説記事より。クライスラーのテイルフィンは業界トップの大きさだったが、インペリアルは55年よりおとなしくなる

このように日本人の新車は、といっても輸入禁止後は三年目の中古車ということなのだが、そんな三年目新車が、元値の二倍にも三倍にもなるのだから、外人オーナー達も梁山泊のブローカー達も、笑いが止まらなかったのである。

溜池に大きなオフィスビルを建てたブローカー、渋谷に大きな駐車場ビルを建てたブローカーが居たが、何時まで続くか判らない梁山泊的商売に備えて、一部の利口なブローカーは、ブーム絶頂期すでに転身の準備を始めていた。

いずれにしても、輸入禁止で新車が買えないことでブームは起こったのだが、輸入禁止は何時まで続くか判らないが、いずれ自由化されることは誰もが知っていた。

日本政府の完成車輸入完全自由化は、1965年(昭和40年)実施。正規ディーラーが新車を日本人に売るようになれば、裏街道の商売は消滅の道をたどり、梁山泊の灯は消えたのである。

すべてが正常に戻ったかに見えたが、気が付くと新車価格だけが正常に戻らなかった。

日本人は欲しければ高い値段でも買う、ということを体験した商売人達は、一度味わった旨い汁を忘れようとせず、販売価格だけは高い水準の維持に努めたようだ(私の勘ぐりかもしれないが)。

で“前のマークに50万円・後ろのマークに50万円”などと云う例えも生まれた。とにかく生産本国より高いのは致し方ないとしても、同じように大洋を船で渡って売られているのに、アメリカでは100万円も安い事実を知るとがっかりする。

でも販売価格はディーラーが決めるのだから、嫌なら買うなということなので仕方がない。が、日本経済がバブルに向かって成長中は、どんどん売り上げが伸びていった。

が、殿様商売に付きあう行儀の良いユーザーのほかに、バブルで儲けた新しいユーザーグループは、ベンツやBMWには乗りたいが高すぎる、何とか安いのはないか、言うなれば行儀の悪いユーザーが徐々に増えた。ならばと腰を上げたのが、行儀の悪い商売人たち。で、並行輸入業者という言葉が日常の会話に出てくるようになる。
そこで正規ディーラーが反撃に出る。ウチで売った車以外はサービスをしないというのだ。排ガス対策用ディストリビュータが60万円だったり、シリアル番号が新しい貴方の車の部品はありませんとか、あからさまに「ウチで売ったのではないから駄目」とハッキリ断る業者も多かった。

平成21年、あえて並行輸入などという言葉は聞かれなくなったように、いまでは両者溶け込んで商売をしている。そして、一部の欧州高級車を除いて、正規ディーラーの値段も下がってきた。中でもアメ車は買い得品になり、品質が向上した韓国ヒュンダイの車などは、コストパフォーマンスに優れている。

トライアンフTR-3:TBS主催TV中継の代々木体育館屋内ジムカーナ出場の車。グリルのバッジからSCCJ(日本スポーツカークラブ)会員の車。東京の登録ナンバーだけ地域表示文字がない