キャノン・ペリックス:出発直前パスポート提示で免税購入。ミラーがない画期的一眼レフ。ミラー跳ね上がりのショックがなく常に対象物をファインダーで確認できる素晴らしさとは裏腹にファインダーが暗く不評だった

コラム・特集 車屋四六

近頃あまり聞かなくなった言葉で「職人気質」というのがある。技術者が増えて、職人が減ったからなのだろうか。私は、この職人気質というのが大好きだ。

「職人気質って何だい」と聞かれたことがある。改まって聞かれると、正確には答えられないもので、仕方ないから、久しぶりに廣辞林を引いてみた。

職人気質=職人社会に特有する気質・粗野偏狭なれど簡単実直なるはその特色なり…が、答えだった。「オヤジ・今どきそんな文章は判らないよ」と、長男に笑われた。

そう云われてみると確かにそうで、私の三省堂発行、赤い装丁の廣辞林は、死んだ親父が昭和17年に、17円16銭で買ってくれたもの。当然昔の文体だから、太平洋戦争以後の教育を受けた息子は、使いたがらない。

でも私には判るのだから、買い換えるつもりもなく、たぶん死ぬまで使うことになるだろう。それも、あと5年か、10年か、まあ来年の喜寿までは大丈夫だろうが。

「理屈じゃないんだ・体が覚えてるんだ」と、建て直す前の日本家屋を定期的に手入れに来る、大工の棟梁が云った。一流の職人は、長年の修行で体に叩き込んだ技で、物を作り、生みだす、尊敬すべき人達なのである。

戦争中は家の手入れなどままならないので、終戦後の混乱がやや落ち着いた頃、かなりな改修をやったことがある。当然、大工の頭領の差配で、指物師、左官屋、塗装屋など、大勢の職人が集まった。そんな職人達が昼の一休みの時「植木屋はいいやね」と、羨ましがっているので「何故?」と聞いたことがある。

雨が降れば休み、いい天気だと思えば、煙草を吸ってボンヤリ庭を眺めてる。ようやくハシゴに登ったと思うと、すぐに降りてきて、お茶を飲んでいる「ありゃ良い商売だ」と云うのである。

家の手入れの最終工程で、植木屋が来たから聞いてみた。「とんでもない・あいつら雨が降ったって仕事が出来るが俺たちは出来ないから天気の日にその分まで取り返さなきゃならない」「考え込んでるんじゃない頭ぁ使ってるんだ」と怒っていた。

もっとも、10時頃、昼時、3時頃と、お茶と菓子などを職人に出す習慣も近頃ではなくなった。昔のように弁当などは持たず、コンビニで買った弁当、自販機の飲み物の方を好む今どきの職人達には、もう昔の職人気質など持ち合わせていないのかもしれない。

と云ったら「俺たち職人じゃない・技術者だ」と云う若者が居たが、工場で事前に加工した材料を、現場で組み立てる現代の集団は、職人ではなくて、単に作業者と呼んだ方が良さそうだ。が、逆に、作業中に煙草など吸おうものなら「明日からこなくていい」ということにもなりかねない。どちらが、良いことか。

こんな話をカー&レジャー紙に書いたのはもう20年ほども前だが、更に十数年をさかのぼった昭和40年頃、オートバイで世界制覇を成し遂げたホンダは、次なる目標で、四輪自動車競争での世界制覇を目論んでいた。それは、こともあろうにF1へのチャレンジという、大それたものだった。

一方、F1用のタイヤは、まだ世界的集約化が進んでいない時代だから複数メーカーが活躍しており、F1へのタイヤ供給は、大メーカーの宣伝合戦の場でもあった。

開発を始めたホンダF1は、タイヤ業界では世界的ビッグメーカーのグッドイヤーを採用した。近頃では、ミシュランが撤退して、ブリジストンタイヤの一社供給になってしまったが、当時のグッドイヤーは、アメリカ企業ではあるが、世界に製造拠点を持つ、タイヤ業界のドンだった。

だから新進気鋭のF1チャレンジメーカーのホンダが、世界最高のタイヤを、と選んだのも当然だった。が、グッドイヤーはアメリカが本拠だが、レーシングタイヤの製造は、ロンドン郊外のウオルバーハンプトン工場だった。

ロンドン郊外、ウオルバーハンプトンGY社のレーシングタイヤ工場でフレッド・ギャンブルと再会した時の写真

「レーシングタイヤは手作りだから職人芸が必要・そんな職人がイギリス工場には揃っているから」ということだった。

ホンダはエンジンを開発すると、シャシーも自前で開発した。当然、走行テストが繰り返されるが、自前のサーキットを持つホンダは、当然のように鈴鹿で実車走行テストを繰り返し、ホンダのF1は研ぎ澄まされていった。

ある日、別の用事で鈴鹿サーキットを訪れた時、フレッド・ギャンブルというイギリス人を紹介された。イギリス・グッドイヤーの社員で、タイヤの打ち合わせに日本にきているということだった。

その頃、ホンダのF1参戦には興味があったが、後進国の日本メーカーがまさか勝つわけもなし、と思っていたから、詳しい質問などしないで、一般的世間話をしながらお茶を飲んで別れて、いつかそんなことがあったことも忘れてしまっていた。

そんな、ミスター・ギャンブルに、はからずもイギリスで再会して、イギリス職人気質も目の当たりにすることができるのだが、その話は、次回に。

本田宗一郎の夢想は更に発展→F1制覇宣言:挑戦2年目メキシコGPでRA272ホンダF1が名手リッチー・ギンサー操縦で初優勝。60度V12、1495㏄230hp/12000rpm。6MT。性能300km/h以上