【車屋四六】華のパリ道中記(2)

コラム・特集 車屋四六

ローマからパリのオルリー空港(まだドゴール空港はない)に着いたら、フランス・グッドイヤー社広告代理店のシャルドー社長が出迎えに来てくれていた。

彼のシムカ1000GLに乗せられて、空港からホテルに向かった。映画でしか見たことがない憧れのパリ。が、11月の街には空っ風が吹き、落ち葉が舞い、寒々とした陰気な街という印象だった。

その晩、ムッシュ・シャルドーは、ドンカミロという店に夕食を招待してくれた。店内はすし詰め状態で、繁盛しているのは判ったが、うるさいバンド演奏に声高の客の会話で、落ち着いて話も出来ない店だった。

パリの店とはこんなものか、と物珍しさもあって感心したが、雰囲気としては少々落胆というのが正直なところだった。後になって「日本人を何処に連れていっていいのか判らないので、日本の商社マンに教えてもらったので私も初めてで驚いた」と話していた。昔、赤坂にミカドという、豪華な日本初のシアターレストランが有ったが、ドンカミロはあれと同じで、お上りさん用観光レストランだったようだ。

フランス・グッドイヤーとの付き合いが終わって、もう見栄を張る必要が無くなると、早速、外貨節約とばかりに一泊9ドルのペンションに宿替えをして、直ぐに電話をした。といったところでフランス語が出来るわけではない。

第21&22回で登場の野中重雄先輩から紹介された、外国映画輸入では老舗大手の東和映画のパリ支店にだ。紹介された○○さんは「貴方は運転の名人と聞いているから社長の車を貸してあげましょう」――社長の留守が幸いだった。

川喜多長政社長の車は、ジャガーのMK-IIだった。そのまま街に出て彼と飲み歩き、何処かの有名なバーでは恒例だからとネクタイを切られて天井に張り付けられ、何軒か回って酔っぱらい、ホテルに帰って寝てしまった。

「ウチの前は駐車禁止なのに・と思ったら外国車じゃない」

翌朝、朝食をとロビーに降りていったら、ホテルのマダムに云われた。

ジャガーはイギリス製だから外国車に決まっている…が、よくよく見たら、登録ナンバープレートが、バージニアUSA。それで川喜多社長が、アメリカで買ってフランスに持ち込んだのだろうということが推測できた。(写真トップ:東和映画パリ支店川喜多社長のジャガーMK-II/バージニア登録:与謝野文子さんとパリ見物中の給油風景と筆者。MK-II、全長4590x全幅1700mm。直6DOHC3781㏄、220hp/5500rpm(33.1kg-m)、4MT。最高200km/h。製造期間1960-1969年)

「コリャいいぞ・フランス語も英語も判らない振りをしなさい・パリのお巡りは間抜けだから」と、教えてくれたのは、ムッシュ・シャルドーだった。

「フミちゃん車あるからパリを案内して」と電話を掛けた。その前、ローマでお目に掛かった、駐ローマ日本大使、与謝野秀さんのお嬢さん、文子さんが、パリに住んでいたのが幸いだった。

サクレークール寺院の近くに、店の中からアコーディオンが聞こえてくるので「ビールを飲もうよ」と云うと「こんな店に入ったことがないから怖い」というのを強引に入ったら、なるほど労働者が一杯の大衆酒場だった。私は楽しかったが。

ノートルダム寺院の前は駐車禁止で、歩道脇に停めて思案していると、すぐに警官が来て首を振り、駐車は駄目という素振り。仕方なく走り出し、一回りしたら警官が居ないので、駐めて見物に。

楽しく見物が終わって車に戻ると、さっきの警察官が待ちかまえていた。我々が近づくと、顔を紅潮させながら、何やらマクシ立てはじめた。

「此処は駐車禁止と云っただろう」「お前らは馬鹿か」「運転免許証出せッて」フランス語も英語も話しては駄目、と頼んであったフミちゃんの見事な同時通訳で、警察官が何を怒鳴っているのかは、直ぐに判った。

「パリって寒いですねぇ」「ノートルダム寺院の前にローマの遺跡が出たんですって」と警察官の怒鳴りに応じて、日本語で出たらめに答えていると、最後に大声で一言怒鳴った。

「フランス語も判らんのか・もういいッ・行けっ、て」彼女の同時通訳と同時に、私は、間髪入れずに「ありがとうっ」と発車した。

バックミラーに、怪訝な顔でジャガーを見る警官が。フランス語が判らないのに「行けと云ったのが何故判ったのだろう」ということだったのだろう。

“ナポレオン・ボナパルテ”たいそうな名前のペンションは、一泊9ドルの安宿で、サンジェルマン寺院からの細い横丁のカルティエラタンと呼ぶ、学生が多い所にあった。

ある晩、宿に帰ろうと走っていると、セーヌ川に突き当たってしまう。仕方がないから、サンジェルマン寺院に戻って宿に向かう。が、またもやセーヌ川に突き当たる。で、再び寺院の所からやり直す。

そうなると半ばヤケクソ、気が付くと一方通行を逆走したり。夜中の1時か2時に、そんなことをやっていれば、何度か警察官に停められる。が、道が判らないくらい酔っぱらっているのだから、気が強い。

その都度、私の優秀な日本語で切り抜けて、気が付いたら宿の前に停まっていて、胸を撫で下ろすことができたのを、翌朝目が覚めて、おぼろげながら思いだした。

昔はパリの歩道にエスカルゴが沢山。格好いい名だが男用公衆便所だ。外から足は丸見え、丸い小穴から外が丸見え。近寄ればアンモニア臭が。テロ流行で狙撃を怖れて穴がふさがれた。やがてみっともないと思ったのか撤去され、08年秋のパリでは発見不能

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