【車屋四六】紅一点船橋サーキットを走る

コラム・特集 車屋四六

僅か2年間ほどの船橋サーキットについては、前回紹介した。浮谷東次郎vs生沢徹の名勝負も紹介したが、走る車は多彩で、世界の有名レーシングカーが登場した。

日本勢の花形は、フェアレディ2000、スカイライン2000GT、ホンダS600、ブルーバード410SSS、ベレット1600GTばかりか、セドリックやクラウン、またパブリカなども大手を振って走り回っていた。

太平洋戦争の前から戦後も、日本人が抱く外国製品のイメージは舶来麗賛。で、舶来のスポーツカーが走れば、レースに花を添えてくれたものだった。

滝進太郎のロータスエラン、漫画家佃公彦のミニクーパー、脱税で税務署の鼻をあかした安田銀二のジャガーXK-E、ハザウエイのモーガン他、コルチナロータス、MGミゼット、フィアットアバルト、トライアンフなど、世界の名車が雁首を揃え、観客に溜息をつかせたものだった。

モーガンプラス4を操縦する、学習院の学生、英国人ボブ・ハザウエイ。彼はロータスエリートやブガッティも持っていたから、裕福な家庭の息子だったのだろう

この頃になると、国産のフォーミュラマシーンでも、ひとレースが組めるようになった。三菱コルト、いすゞアローベレット、日野デルコンテッサ、プライベートのモスターFJなどを想い出す。

いずれにしても、日本のモータースポーツは創世記だった。で、車のスピードは上がり、運転技術も日に日に上達していったが、マナーの点でイマイチという場面も度々登場した。その一つをご披露といこう

ある日のフォーミュラレースで、歴戦の強者共が、妙にウキウキとして元気一杯。不思議に思いエントリーリストを見ると、ウキウキの理由が判った。

船橋サーキットのレーシングスクール用のロータスがエントリーしていて、ドライバーが、うら若き乙女だったのである。その紅一点は、たしか田中さんだったと記憶する。

「可愛い女の子が出てきた」と喜んだ歴戦の強者共の表情が段々こわばってきたのは、公式予選が始まって直ぐだった。こともあろうに、走り出すと予想だにしなかった紅一点が、ブッちぎりで男共を尻目にかけてしまったのである。

もちろん腕前の差ではない。船橋サーキットが買い込んだロータスは、前年度の世界チャンピオンカーだから、世界の現役では既に旧型だが、日本でなら、小学生の運動会に大学生が出てきたような性能差があったのだ。

本番直前、ピットに予選順位で出場車が並ぶと、当然のことながら、先頭が紅一点のロータスである。

ウキウキ、にやにやしていたお兄さん達の血相が変った。特にガラの悪さでは以前から定評の数人が、娘が乗るロータスを取り囲んで「この野郎・女のくせに出しゃばるんじゃネーッ」と脅し、罵声をあびせ掛けた。

娘に「この野郎?」というのも筋が通らない話だが、とにかく凄い剣幕。結局、大会役員や、お兄さん達の所属チームオーナーなどが、なだめすかして、一応スタートに漕ぎ着けた。

スターティンググリッドに着いてからも、まだ罵声を上げている奴もいたが、とにかくスタートの信号灯がグリーンに変わってレースは始まった。

案の定、紅一点がトップを切って走り出した。管制塔の上からそれを見て、こいつはまずいことになったな、と思ったのだが、幸いなことに、取り越し苦労と判り安堵した。

難なくトップに立ってはみたものの、スタート前の罵声で怖い思いをさせられ、泣きじゃくりながらスタートはしてみたものの、やはり心の動揺は隠すことができず、その後、コーナーで何度かスピンするうちに、追いついたお兄さん達に追い越されてしまった。

運転のテクニックでは数等上のお兄さん達が前に出てしまえば、結果は明らか、走路妨害、ブロック、実に後味の悪いレースとなってしまった。

通常反時計回りだが、このレースは時計回り。直線を終わってグランドスタンド前を通過するホンダS800、それを追うフェアレディ。遠方に二座席のセスナ150型が

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