【車屋四六】フランス生まれ天上天下唯我独尊(1)

コラム・特集 車屋四六

“てんか”ではなく“てんじょう・てんげ・ゆいがどくそん”と読むのが正しいようだ。釈迦が生まれた時に、右手で天を指し、左手で地を指して云った言葉とされている。

“我はこの世で一番優れた者である”と説明する書物が多いが、仏の道を説く釈迦が、人を見下すようなことは云わないと思う。“この世に生まれた人は誰もが尊い存在、尊い命だからお互いを理解するべきだ”という説をとりたい。もっとも、上記文言は古来の通説で、釈迦が生まれる以前に仏が云ったものだという説もある。

“我は世界で一番優れている”という方を真に受ければ、今この原稿を書き始めて、ふと頭に浮かんだのが、フランス人気質だ。決して悪口ではない。これで、フランス人が持つDNAを説明できるような気がするからだ。もっとも、ドイツ人もそう思っているようだが。

話変わって、この原稿は、平成元年に書いたものをリライトしているものだが、当時の書き出しでは「パリが200年祭に沸いている・新聞もテレビもパリ祭一色・宇野宗佑総理大臣がサミット先進国首脳会議でパリに居るのに報道ではパリ祭人気の方が高いようだ」と書いている。

ちなみに宇野宗佑は第75代総理大臣だが、当時の日本はリクルート事件で大騒ぎの真っ最中→竹下登総理大臣引責辞任。迫るサミットに総理が必要ということで、事件には縁がないと判断された宇野総理の誕生だった。

が、すぐにリクルート事件とは無関係なことで、宇野総理辞任。原因は女性問題で、僅か69日という短命内閣だった。在任期間が平成元年(1989)6月3日から8月10日。パリ祭は7月14日だから、私は、その前後で原稿書きに苦しんでいたことになる。

さて、パリ祭の報道でよく出てくるのがエッフェル塔だが、あまりの出過ぎに「パリにはこれしか無いのか?」と思ったりもするが、19世紀末のパリ万国博覧会で登場したこの塔は、パリの観光名所であり、シンボルなのだから仕方のないこととあきらめよう。

話変わって、はるばるアメリカから大西洋を一人旅。33時間余を睡魔と戦いながら飛び続けて、ようやく眼にした、遙か遠くの美しい街の灯で“あれがパリの灯だ”の名文句が生まれるのだが、リンドバーグがル・ブルージェ空港着陸寸前に“CITROEN”の文字を見たことを知っている人は少ない。

1931年5月21日、午後10時、その夜のエッフェル塔は、縦にCITROEN、その下に例のシェブロンマークが塔の四面に、25万個の電球による電飾広告で鮮やかに輝いていたのである。

シトロエンが自動車の名前であり、自動車メーカーの名前であり、創業者の名前であることは、本紙読者なら知っているはず。

アンドレ・シトロエン:パリの工場で見つけたブロンズ像。逆光で状態が悪のは御容赦を

今回話題にするそのシトロエンは、変な車である。開発したアンドレ・シトロエンは、典型的なフランス人だったろう。が、未だパブリシティーとかアドバタイジングとかが認識されていない時代に、天下のエッフェル塔を広告塔にしてしまうなど、非常識を実行する商売上手、宣伝上手でもあったのだ。

いずれにして、今回取り上げるトラクションアバンとは変な車、個性的、言い替えれば独りよがり。他人の顔色を見ず、気にせず、平然と造り出された車である。シトロエンという人物は、それこそ天上天下唯我独尊、世の常識を無視、信念を推し進める、フランスかたぎ丸出しの頑固者だったと思われる。

が、いくら良くても、変な車では、日本なら無視されて消えていくはず。が、それを受け入れてしまうユーザーも、フランス気質なのだろう。変な車を拒否せずに、何処かに良いところが、優れたところが、と開発者の主張を見つけようとする、見つかれば惚れ込む、そんな特技もフランス人は持ち合わせているようだ。

自動車とは関係ないが、そんな土壌があるゆえに、世界から芸術家が集まり、変な絵や彫刻が生まれたり、優れた芸術家が生まれたり、というのも、フランスの特技と云えるのかも知れない。

そんな特技を発揮したフランス自動車界の代表選手を選ぶなら、乗用車を芸術作品にしようとしたブガッティ、そして自動車を合理的機械と位置づけ、それを大量生産で安く大衆に提供しようとしたシトロエンということで良かろう。

「自動車というものは押すよりは曳く方が合理的で高い操安性が得られる」が、シトロエンの理屈のようだ。で、トラクションアバン=前輪駆動の名の下に登場したのが、変な車、シトロエン11CVである。

11CVが登場したのは1934年(昭和9年)。アメリカ全土を強盗の旅、2年間で12人殺害のボニーとクライドが、テキサスで待ち伏せの警官に蜂の巣にされた年。こいつは何度も映画化された有名事件。34年当時日本の映画館では、リリアンハーベイ主演“会議は踊る/独”。米国映画では、チャップリンの“街の灯”キャサリンヘップバーの“若草物語” クラークゲーブルの“或る夜の出来事”などが話題作だが、昭和8年生まれの私は、WWIIが終わってから見ることになる。TV登場の前には、国民最大の娯楽の一つが映画で、外国旅行などとんでもない時代らしく、洋画ブームだった。

11CVを見たけりゃトヨタ博物館に行けばいい。また、戦後、日本にかなり輸入されているので、多くの自動車博物館で見ることが出来る。

が、今回は、パリのシトロエン工場で見つけた、シトロエンの手でレストアされた、完璧なシトロエン11CVの写真を紹介する。

リンドバーグの単独大西洋横断飛行を報じたパリの新聞。飛行コースも載っている