【車屋四六】こいつはナマズか、ウーパールーパーか?(2)

コラム・特集 車屋四六

美人の妹が貰ってきた富士キャビンは、市販されるようになってから、発売前のキャンペーンに使ったプロトタイプだということが判った。

モーターマガジンの表紙になった彼女の写真の車をよく見れば、ドアがない。生産はたった85台だが、市販車には両側にドアがあるのである。また、ステアリングも違っていた。

私にとっては懐かしい富士キャビンだが、トヨタ自動車博物館の展示室で30年ぶりに出合ったことがある。案内の博物館学芸員が「FRPで一体成形した完全なモノコックボディーは当時としては大したものです」と説明してくれたが、「実は、これのプロトタイプに昔乗っておりまして」と、話に花が咲いた。

「展示車のステアリングは丸ハンドルですが、プロトタイプではヨットの舵のような棒だったのです」。其処までは知らなかったようだったが、運輸省が棒では敏感すぎて危険だということになり、丸ハンドルに改良されたのである。(写真トップ:有名な自動車評論家の星島浩がモータファン誌掲載のために書いたイラスト。彼は若い頃画家志望だったようだ。違うハンドルは棒から進化した市販前の運輸省提出審査用車と推測される)

富士キャビンは、敗戦の後遺症もそろそろ気にならなくなった昭和30年頃、庶民には未だ高嶺の花で縁遠かった自動車を、庶民の手に何とか、という思いで開発された軽自動車だった。

同じ敗戦国のドイツ、そして戦場となり破壊されて復興経済中の戦勝国も含めて、ヨーロッパにもバブルカーと呼ぶ、同種の軽自動車が雨後の筍のように生まれていた。ヨーロッパ製バブルカー、キャビンスクーターには、日本の路上でも見られたメッサーシュミット、イセッタ、チャンピオンなど、数え切れないほどのブランドが生まれた。

もちろん日本でも、富士キャビンをはじめ、フライングフェザー、ニッケイタロー、テルヤン、またスチール家具で知られる岡村製作所のミカサなど、数多くの軽自動車が登場した。

同じ頃、庶民には高嶺の花の小型車といえば、ダットサン、クラウン(昭30)、日産オースチン、いすゞヒルマン、日野ルノーなどを想い出す。

軽自動車市場では、本格的量産車としては初のスズライトフロンテ(昭30)が登場するが、スバルやパブリカ、三菱500の登場は、もう少し待たねばならない頃だった。

昭和30年頃になると、既にスクーターや軽量バイクが庶民の足になっていた時代だが、自動車となると願望的存在で、そんなところを見込んで生まれた富士キャビンは“雨にも濡れず寒くない・ホコリも被らず・スクーター免許でOK”がキャッチフレーズ。ということは、自動車ではあるが、スクーターの延長という扱いだったのである。

そんな車だったから、スリムな車体だったが、FRPの丸みを帯びたスタイルは今ならさしずめエッグフォルムと呼ぶだろうが、当時でも「空力特性を考慮して」と説明していた。ボディーがスリムだから、大の大人が並んで坐るには幅が足りないので、助手席は運転席より少し後方にずらして置かれていた。

エンジン始動は、正にスクーター。アクセルとブレーキペダルと比べて、異様に長いクラッチペダルが実は始動用のペダルで、こいつを二輪車同様に思い切り蹴飛ばして始動する、いわゆるキックスタートだった。

速度計一個、実に簡略化されたコクピット周り。運転席右にシフト&クラッチレバー。左の長いペダルを蹴飛ばしてエンジン始動

傑作なのはシフトレバー。一昔前のF1マシンのように、運転席右側にある短いレバーの操作でやる。

シフト操作は前後一直線で、前からR-N-1-2-3で、クラッチ操作も右手を共用する。ということは、右手首をスプリングに逆らって、左に倒すとクラッチが切れる仕掛けなのだ。右側一直線の正規ポジションと左一杯の間が半クラッチの部分で、半クラッチの上手下手は、手首のひねり具合の上手下手だった。

何だコリャ?!と、戸惑いつつも、だんだん慣れて素早いシフトが出来るようになると、とても楽しい車になった。

が、走りだすと、操安性云々などまるで縁がない車、いや、それ以前といった方が良いくらいなものである。なにしろヨットのティラー(舵棒)みたいな棒で、ダイレクトに前輪を操舵するのだからたまったものじゃない。敏感この上なく、初めのうちは直進さえ難しく、ひょこひょこと頭を左右に振り、急カーブでは、片足持ち上げたりして大あわて。

が、慣れてハンドリングのコツを掴んでくれば楽なもの、2サイクル特有の排気音も軽やかに、片足持ち上げての二輪走行で可愛い娘の視線を集め、更にエスカレートしてガールハント、今で云うナンパの道具としても大活躍をしてくれた。

以前紹介したカイザー3A84のオーナー、スチュアート伯父さんの材木町の家を訪問すると、一目見てアヒルのようだと大笑い。その珍竹林な姿に、パドルジャンパーと名前を付けてくれた。

「パドルジャンパー」、パドルとは水溜まりというような意味があるようだ。犬かきという意味もある。いずれにして、軽い冗談なのか、馬鹿にされたのか、いずれかである。

家の前の道路に停めて、朝起きて見たら、フロントボディーに穴が開いていた。夜中に酔っぱらいが殴ったらしい。雨が降り込むと足が濡れそうなので、取り敢えず紙を当て周りを絆創膏で張ったら、向こう傷のアヒルになってしまった。

が、その後も元気に走り回って、ガールハントに精を出してくれたものだった。

酔っぱらいに殴られて?向こう傷になったパドルジャンパー。銀座教分館前でサラリーマン時代の親友と。右奥にルノー4CV