【車屋四六】野中重雄の英車遍歴

コラム・特集 車屋四六

もし貴方が、野中重雄を知っていたとしたら、かなりな年配か、映画ツーである。

彼に初めて会ったのは、1957年頃だった。(写真トップ:野中先輩と筆者、昭和35年頃の夏カブトオートセンターで)

現在、昭和通りに面した東銀座八丁目の角に建つ三井ガーデンホテル銀座、以前は銀座第一ホテルだったが、更にさかのぼると、其処は三井銀行木挽町支店だった。銀行の一本裏通りに、中国戦線で戦友同士だったという、峯田さんと川村さんという戦友同士が共同で経営する、MK自動車と呼ぶ自動車修理工場が在った。あの辺りは暫く行ってないが、隣の燃料会館ビルは今でも健在なようだ。

MK自動車の番頭格、宮崎良樹は、日本グライダークラブの先輩だったから、マイカーの修理は何時も其処だった。

ある時、MK自動車で紹介されたのが、野中重雄だった。

チャキチャキの江戸っ子みたいな語り口の人物で、車の話などに花が咲き、話しているうちに、大学入学で上京した大阪生まれ、大阪育ちと判って、感心したのを憶えている。

話しているうちに、慶応義塾の先輩で、戦争中は陸軍騎兵大尉として、中国戦線で戦っていたという。もっとも騎兵隊といったところで、もう馬が居るのは輜重隊(兵器物資運搬)だけで、先輩は重機関銃隊だったそうだ。

野中先輩の職業は、銀座松坂屋の側に事務所のある、洋画(外国映画)を輸入する、映配の宣伝部長だった。

先輩は、慶応卒業後は日本郵船に就職したが、一銭五厘葉書の招集令状で騎兵隊に。敗戦で帰国後は、ニュース映画のナレーションをやっていたそうだ。

戦後の映画全盛時代、冬は厚着でも寒く、夏は冷房無しで蒸し風呂のようになる映画館では、本編、予告編の前にアメリカのニュース映画を掛けるのが常だった。その日本語のナレーションを、翻訳と共に竹脇省作とやっていたという。ちなみに竹脇省作は、俳優竹脇無我の父親である。

歯切れの良い口調で「クソッたれメ!こいつ壊れてばかり!丈夫で洒落た車はないかネ」。初めはアメリカのフォードやシボレーで、次に買ったイギリスの車が壊れてばかりいるので、嫌になったと云うのだ。

彼の愛車は、日焼けで塗装が痛々しく、ボディーは裾の方が錆びて所々に穴が開いている、1953年型ボクスホール・ヴェロックスだった。ボクスホールは、イギリスに在るGMの100パーセント子会社である。

ボクスホール・ベロックス1953年:90年代ニュージーランドで実用中の同型車

余談になるが、その頃の日本は、未だ敗戦の後遺症で貧乏だから、日本人は輸入外車を買うことができないので、赤坂界隈のブローカーが活躍する時代である。早速、高級車にはあまり縁のない猪俣さんではあったが、正直さを買って車探しを依頼した。

「アメリカ車は部品が大きくて丈夫だから中古でも故障が少ないが、やはり乗って楽しいのは欧州物ですよ」と先輩に薦めた。といっても、当時の日本でドイツ車は未だ無名。フランス車は華奢で日本の悪路では故障続出、残るところはイギリス車ということで、猪俣さんに依頼した。

「お陰さんで良い車見つかったヨ」

暫くして自慢そうに乗ってきたのは、1953年型ローバー75型だった。当時ローバーは、ミニロールスロイスと称されるほど、中型ではあるが高級高品質な車として定評があった。

当時、世界的悪路で有名な日本では、キャデラックでもボディーが捻れるのに、ローバーはびくともしない頑丈な車体だった。太い格子状のラダーフレームを見れば頑丈さも納得がいくが、頑丈なボディーでは重量が重くなると心配したら、ドアやボンネットがアルミという、金と手間の掛かる工作だった。

車内は、シートやドアの内張も、ボディー塗色とコーディネイトされた渋いグリーンで仕上げられている。インパネやドアのトリムはもちろんウッドで、丁寧な職人技が光っていた。

ローバー75型1953年型:一目でローバーとわかる伝統のラジェーターグリル。小さくて見えないが、上部中央にネプチューン“海神”のエンブレム

特別速いわけでもなく、スポーティーでもなかったが、重厚感のある乗り味を今でも忘れない。犬のマークが付いた、イギリス製ラジオも羨ましいものだった。(ヴィクター製)

フリーホイール・システムは面白い仕掛けだった。

走行中にアクセルを放せば自動的にクラッチが切れる→で、クラッチを踏むことなくギアシフトが出来る→慣れると便利なもので、フリーホイール中は、車が惰力で走るから燃費も稼げるのである。

問題は、長い坂などではエンジンブレーキが効かないから、ブレーキが焼けてベイパーロックを起こす恐れがあること→が、心配無用。必要あれば、インパネ右下のスイッチを引くとクラッチがロックされて、普通の車になるのである。

参考までに、1953年型ローバー75型の諸元を紹介しておこう。

全長4580mm、全幅1670㎜。ホイールベース2820㎜。車重1447㎏。エンジン:直列六気筒F型ヘッドバルブ、ボア65.2㎜xストローク105㎜、2103㏄、SU型キャブレター、圧縮比7.2、45hp/4200rpm。サスペンション:前輪Wウイッシュボーン/後輪半楕円リーフスプリング。四輪ドラムブレーキ。タイヤ:6.00-15-4p。燃料タンク52リットル。

<ボクスホール・ヴェロックス1953年型>
全長4832㎜、全幅1705㎜。ホイールベース2616㎜。車重1389㎏。直列四気筒、OHV、ボア79.4㎜xストローク76.2㎜。1507㏄、圧縮比6.8、43.6hp/4000rpm。タイヤ:5.60-15-4p。サスペンション:前輪Wウイッシュボーン/後輪半楕円リーフスプリング。燃料タンク:50リットル。

この続きはまた次回。