【車屋四六】アルファロメオ・モントリオール

コラム・特集 車屋四六

1967年開催カナダ・モントリオール萬国博覧会に出品するべく、ベルトーネ工房で作られたのが、アルファロメオ・モントリオールの市販が決まり正式にお披露目は70年のジュネーブショー。
で、市販は71~72年で生産された3925台の大部分がアメリカに渡ったようだ。

全長4220㎜、全幅1672㎜、全高1205㎜、WB2350㎜。車重1270kg。
アルファロメオの印象はスポーティーだが、こんな軽量コンパクトな車体にV8DOHCとなれば、サラブレッドを連想するだろう。

ジュネーブショーで紹介された諸元

このV8はサラブレッド中のサラブレッド…レーシングカーT33用をディチューンしたものだから、走れば誰もが納得の高性能を発揮して見せたのである。
90度バンクのV8は、斬新なボッシュ燃料噴射を組み込んだ2593ccで230馬力、トランスアクスル型オートデルタ製5MTのコンビで最高速度216㎞と高い操安性が自慢だった。

さて萬博でのモントリオールは二座席だったが、市販時にはイタリア製GTでは常識的2+2/四座席に生まれ変わった。
が、北米意識のスタイリングに、伝統の洗練されたスマートさはなく少々ゴツイのが特徴だが、そんな異色の姿も今になってみれば逆に希少性が高く、マニアの人気になっているようだ

リアピラーのゴツイ空気取り入れ口用ルーバーは飾りのようで、エンジンは常識的に前のボンネットの下に収まっているから、後部ハッチを上げれば荷物の出し入れは楽なもの。

さてアルファと云えばスポーティーを連想するが、創業時はそうではなかった。フランスのダラック社がパリから部品を運ぶノックダウン工場完成が1909年/明治44年のこと。

が、商売は失敗…ミラノの銀行家達が買い取り再出発したのが10年で、社名はアノニア・ロンバルド・ファブリカ・アウトモビルだが、長すぎる名前にネを挙げたようでALFAが通称になる。

やがてレースが好きな天才技師ニコラ・ロメオが参加して、アルファロメオと呼ばれるようになる。次ぎにミラノ市の紋章{聖ジョージの十字}とミラノきっての名家{フォルツァ家}の紋章を合体させて、アルファロメオのエンブレムの誕生となる。

当時のイタリアは、都市国家時代の勢力争いが未だ尾を引いており、ミラノの有力者にとってトリノのフィアットのレース活躍が目障りで、その対抗策がアルファだったのである。

で、ニコラロメオの参加で勢いついて目的を達成、24年頃から35年頃までのグランプリレースでの活躍は、今でも語りぐさになっているほどである。

が、アルファロメオは都市対抗では勝利をしたが、思わぬ強敵が登場する。こんどは都市ではなく、国が威信をかけてという、国家対抗になった。その国とは云わずとしれたドイツ。

GPレースでメルセデスとアウトウニオンが連勝街道を走り出すと、30年代後半にアルファロメオはレース活動を中止するが、スポーツカーな性格は伝統になり、今でも生き続けている。

東京モーターショーの駐車場で見掛けたモントリオール

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