【車屋四六】北欧貴族の館にアメリカ車が

コラム・特集 車屋四六

 国際会議でデンマークに行った友人が、貴族のミュージアムで撮ったというのが、1946年型ビュイック…北欧貴族が米車とは不思議だが、WWⅡ直後、欧州の高級車は生産再開が遅れ、再開が早い勝利で輝き始めた米国高級車に興味を持ったのだろうか。

39年ドイツ開戦、41年日本真珠湾攻撃、WWⅡ本格化で米国も戦時体制、ということで民需用自動車は生産中止→兵器生産に全力投球。ということで、このビュイック、発表36年→42年生産中止→46年生産再開で49年まで造られたが、展示車はプラカードに1946年製と書かれていたそうだ。

戦争中フォードとウイリスが造ったジープは有名だが、GMの大型トラックGMCも有名で、戦後米軍払い下げを改造した都バスには良く乗ったものだが、昭和22年頃の運賃は1円だった。

GM一族の兵器で有名なのは、キャデラックの戦車、ビュイック軽戦車、日本初空襲B24爆撃機のエンジン、シボレートラック40万台。ポンティアック20㎜対空速射砲は神風特攻機の天敵。ロッキードP38戦闘機のオールズモビル20㎜機関砲で山本五十六司令官機が撃墜された。その他、航空魚雷、装甲車・大砲・90㎜高射砲・水陸両用FWDダック、等々。
長話になったが、巨大自動車会社が戦時体制になると、ざっとこんなものだが、こいつはGMの全兵器の一部なのである。

さて、今回のビュイックは、北欧貴族の館に展示されたものだが、私が訪れた英ロードモンタギュー博物館、独ランゲンブルグ博物館などと同様、あちらの貴族や殿様は、自前の博物館でマニアを楽しませてくれるのである。

その元になるのは、我々と違って使用後の車を下取りに出したり転売したりというようなケチなことはせず、納屋などに置いておくと、三代も経てばかなりな数になり、たまたま車好きの当主が居れば、手入れをして見せてやろう、ということになるのだろう。
となるともっと楽しませようと、買い足すことになるようだ。

さて、問題のビュイックは、46年型だから戦後再開直後のモデル。当時は、下位モデルのスペシアル/WB3025㎜、スーパー/WB3100㎜、ロードマスター/WB3225㎜で、その出荷台数は、それぞれ3万台、11万8884台、3万1749台である。

ビュイック1947年型

ボディープレスと共に戦前からのエンジンは直列8気筒で3968cc110馬力だが、最上級ロードマスターは5120cc144馬力。
スーパー3個、ロードマスター4個で、グレードを表す有名なボンネットサイドの穴は49年からだから未だない。健在の三角窓の開閉はテコ式ストッパー手動ではなく、高級車らしくレギュレーターを回しながら、というタイプである。

ウインドシールドの中央外のアンテナは、運転席頭上の丸いノブで180度回転してルーフに直立する仕掛けになっていた。また運転席側Aピラーにはオプションのスポットライトが付いている。

このタイプのビュイックは、私が中学や高校生の頃よく見掛けた。もちろん進駐軍兵士と家族、日本人は中古車で、もし新車だったらサンマンダイと呼んだ車である。
当時輸入禁止の新車が買えるのは在日外国人=第三国人で、3XXXXのナンバープレートで区別したことから、サンマンダイという呼ぶようになったのである。

戦後開発モデルのビュイック1950年型:このサンマンダイは吉田茂首相の車で「長年有り難う」と側に立つ高橋運転手にプレゼントされたそうだ