【車屋四六】フォード・アイフル

コラム・特集 車屋四六

フォード社の創業は、ライト兄弟が36.42ⅿ飛んで世界初飛行を記録した1903年(明治36年)だが、08年登場のT型が25年に総生産量1000万台を越える大ヒットで大企業に。
当時の世界の四輪車全保有台数が2276万台というから、世界の半数近くがT型フォードになったということになる。

そんな人気のT型をノックダウン生産するために、25年に生まれたのが100%フォード資本のドイツフォードである。
ちなみに、フォードの海外進出第一号は11年創業の英国フォードで、その年に第一回インディー500レースが開催されて、平均時速139.3㎞でマーモンが優勝した。

ドイツフォードのノックダウンが、T型からA型に切り替わるのは。英マルコムキャンベルが、2万3900cc航空発動機搭載のブルーバードで、281.3㎞の速度世界記録を樹立した27年。

ドイツフォードは順調に成長しながら、31年の新工場完成を機に、英国フォードから993ccエンジンを輸入、デザインはアメリカだが、純ドイツ開発のベビーフォードを完成発売した。

で、自前の乗用車を開発販売したことで、ドイツフォードが一人前の自動車メーカーになったのは、31年ということになる。
31年、米ロッキード社のベガ機が、ニューヨークから東回りでニューヨーク迄、24898㎞を8日15時間51分で、初めて世界一周飛行に成功し、世界記録を樹立した。
それまでの世界一周記録はで、28年に霞ヶ浦にも飛来した、ツェッペリン飛行船の21日5時間31分だった。

30年代の米国で、高級車専用だったV8を大衆車に搭載したことで有名なフォードだが、ドイツでは、32年に3.2ℓを輸入、35年になると自前のV8を供給できるようになる。
そんな35年は、ハワード・ヒューズが自作の競争機で、陸上機での世界記録、時速567㎞を樹立した年である。

今でもそうだが、アメリカと違いヨーロッパでは経済的小型車が好まれる。で、登場したのが、1172cc搭載のフォード・アイフル。
写真は、ランゲンブルグのドイツ自動車博物館で撮ったものだが、軽快な幌型だが、もちろんスチールトップもある。

アイフルが登場した38年、ヒューズの世界記録が破られた。メッサーシュミットBf109戦闘機が611㎞を記録したのである。
が、記録は39年にあっさりと破られる。メッサーシュミットの新型Bf109Rが755㎞を記録したからである。

英国の博物館で見つけたメッサーシュミットBF109戦闘機

以後、109は世界最速戦闘機として列強が恐れるのだが、これには裏がある。実は記録目的のプロトタイプで、姿はそっくりだが戦闘機ではなく、軽量化された記録用特殊機で、列強空軍に恐怖感を与えるヒトラーの目的は果たされた。

アイフルは英国フォード製1172cc34馬力搭載でスタートしたが、39年に自前の1175ccを搭載して、アイフルからタウヌスを名乗るが、WWⅡ開戦で、生産中止となる。

さて、敗戦後の工場再開は48年で、戦前の姿のままに英国フォード製エンジンを搭載していた。自前エンジンの搭載は、戦後開発のタウヌス、フラッシュサイド型ボディーになってから。

ちなみに戦後型タウヌスは、フランスフォードのヴェデットと共に、商社ドッドウエルが輸入し、50年代前半100万円ほどだったタウヌスは即日完売、素晴らしい人気者だった。

メッサーシュミット世界最速を宣伝するポスター:エンジンは著名なDB601で川崎と愛知飛行機でライセンス生産され飛燕や彗星に搭載されている。

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