【車屋四六】ずぼら運転向きなホンダ・ライフ

コラム・特集 車屋四六

昭和42年、NHK大河ドラマは“三姉妹”岡田茉莉子、藤村志穂、栗原小卷、誰もが初々しくチャーミングだった。

昭和42年は67年、ホンダは二輪から四輪市場へ軽自動車で本格参戦。登場したホンダN360は、軽市場を独走していたスバル360を、アレヨという間に王座から引きずり下ろしてしまった。

TVで中村錦之介の“遠山の金さん”や加藤剛“大岡越前”が人気、話題の”どっきりカメラ“も登場した70年、N360は大幅マイナーチェンジを受けて、N-Ⅲに進化する。

やがてN-Ⅲのフルモデルチェンジの時期がきて、71年に名前も一新して登場したホンダ・ライフは、Nシリーズとはまるで違う性格だった。
開発コンセプトで、ライバル達と180度異なる差別化を目論んだのかもしれない。小さくとも高性能で張り合ったライバル達と袂を分かち「毎日の幸せな生活」がライフのテーマと説明する。空冷から水冷に変更の356cc30馬力に加えて、馬力を競い合う市場から離脱して、21馬力というモデルも発表したのが、予想外の出来事で驚いた。

ノンビリ走ろうと性格一変したホンダ・ライフの断面図:居住空間確保自慢の解説図面

そしてライバル達の軽達が、4MTから5MTをという時代に、3MTというのにも呆れてしまった。21馬力+3MTという驚きシリーズの名は、ライフ・タウンだった。

タウンは「スピードより都市交通手段としての使いやすさを重視」という説明。車体寸法は軽枠に縛られている関係で変化しようもないが、ホイールベースが80㎜も伸びたことで感心する居住空間を稼ぎ出していた。

値段は、最上のカスタム4ドアが30馬力で44万3000円。タウン2ドアDX36万9000円、Std.32万6000円。

早速、広報車を借りて、伊豆一周500㎞の旅に出て専門誌にレポート。住まいの麻布から東名で、厚木→小田原→伊豆スカイラインで修善寺→土肥→雲見の民宿で一泊(鯛の刺身が旨かった)。

二日目、西海岸の波勝崎から山越えで東海岸の下田へ→伊東→熱海→小田原→厚木→東京。で、第一声が「悪路に強く乗り心地最良・ずぼらさ天下一品」

当時、伊豆半島は悪路の連続。波勝崎からの下り坂では徐行しているスカイラインやコロナをゴボー抜きと書いている。独特な柔らかサスは、悪路でスピードを落とす必要が無かったのだ。

21馬力と時代逆行の低馬力は、低中速トルクの強化に繋がり、2000~6000回転までトルク差0.1kg-mで超フレキシブル。
1速でコロッと発進したら、いきなりトップギア入れて、時速10㎞で流し運転、20km/hからなら実用的加速が得られるから、ほとんど1速に入れっぱなしで加減速走行可能、驚異的ずぼら運転が出来る軽自動車の誕生だった。

高回転高馬力スポーティーが売り物だったN360の最終作品ホンダN-Ⅲ)

ライフが誕生した71年=昭和46年の話題と云えば、視聴率50%というお化けTV番組があった。ザドリフターズの“全員集合”で、2013年現在も続いている超長寿番組“新婚さんいらっしゃい”が、桂三枝と梓みちよの司会で始まった年でもある。
また大久保清の色魔事件も話題に。愛車マツダ・ロータリークーペに乗り、通行中の女性127人に声を掛け、35人を連れ回し、8人をレイプ殺害したという事件だった。

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