【車屋四六】ルノーが初めて造った前輪駆動車

コラム・特集 車屋四六

記憶が確かなら、ジュネーブの街角で撮った写真(上)は70年(昭45)。フォルクスワーゲンと並ぶのはルノー4。戦後の大ヒット作ルノー4CVの後釜として61年に登場した乗用車である。

4CV誕生は、日本では戦前型ダットサン、トヨペットSA、たま電気自動車が登場した47年だから、比較すれば、日仏の自動車技術格差が、歴然としていたことが判るだろう。

余談になるが、47年=昭和22年。敗戦で工場が休業で、東京の川の水が綺麗になった。隅田川では魚が沢山釣れ、神田川の江戸川橋辺りでは水を汲んで飲む姿も見た。私も麻布十番一の橋で釣った魚を、母に焼いて貰って食べたことがある。

が、ルノー4が登場する61年頃になると、川の水も汚れて、銀座東劇前の築地川に浮かぶ名物牡蠣船も、風景情緒とは裏腹に川面から臭うメタンでうんざり。(築地川は掘り割りとなり現在首都高)

でも自動車業界の61年は、ようやく一人前の車が造れるようになり、コンテッサ900やパブリカ、ベレルなどが登場した。

ルノー4は、ルノーにとっては画期的乗用車だった。ルノー史上初の前輪駆動車への挑戦。開発ターゲットはシトロエン2CVで、フランスでは2CVの41万円より、3万円ほど安かった。

シトロエン戦後のヒット作2CVがルノー4開発のターゲット/2CVのウイークポイントを探し値段は廉価で勝負して成功

ルノー4の性能は、747cc/24馬力で最高105km/hだったが、603cc/23馬力で90km/hというルノー3も併売され、廉価版らしく意外な人気があったと聞く。
荷室が狭いというシトロエン2CVの弱点を克服する、ワゴンタイプの2BOXが、受けたのも人気上昇の要因だった。

いずれにしても最初のルノー4は、4CV のパワーユニットをそのまま前に移したから、先頭の変速機はエンジン上部を乗り越えたロッドでシフトという思い切った構造だった。

日米間衛星TV中継の最初の画面がケネディ大統領暗殺で日本中がビックリ、そのTVが生んだ大スター力道山がヤクザに刺殺されてガックリ、そんな63年、ルノー4はエンジンを拡大、845cc/27馬力アップ、最高速も110km/h、実力向上で益々人気を得る。

68年にフェイスリフトで、ヘッドランプのラジェータグリル一体化でスマートに。パリジェンヌと呼ぶお洒落なバージョンも誕生、4MTはフルシンクロに、71年に電源も6Vから12Vに進化する。

と云うようなことから推測して、ジュネーブの写真は、ナンバープレートの傷み具合から推測して、68年頃の車だろう。

ちなみに日本のフランス車ファンは、シリーズの数字をフランス読みして粋がっているようだ。例えばシトロエン2CVはドゥシーボー、同様にルノー4はトロア、3はキャトルのように。

持ち主はルノーのファンだろう。上下に日本ナンバーと欧州ナンバー?日本に持ち帰ってからも大切に乗り続けているのだろうか

開発コンセプトの他用途性が受けて、目標のシトロエン2CVを打ち負かしたトロアは、少しずつ改善しながら人気を保ち、92年までという長寿命の乗用車となる。

結果単一モデルでは、VWビートル、フォードTに続き、史上三位の835万台で、長寿命&販売台数記録を樹立する。

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