【車屋四六】エルビス・プレスリーの愛車

コラム・特集 車屋四六

初めてこのキャデラックを見た時は驚いた。ナンバープレートにELVISの文字。側に立つ人形はエルビスプレスリー(写真下)。

当のキャデラックは、1976年型フリートウッド・エルドラド。
キャデラックシリーズ中で、リムジンを除けば最高級、最高価なパーソナルクーペである。
初代登場の1969年以来、アメリカで、いや世界最大のFWD=前輪駆動型乗用車でもあった。

35年にミシシッピーに生まれたエルビスは、高校を卒業してからトラックの運転手のかたわら好きな歌を歌っていたが、突然スター街道に躍り出る。
69年“ハートブレークホテル”の大ヒット。一躍トランク運転手からスター街道というのは、フランク永井も似ている。

歌いながら振るなまめかしい腰つきに大人は顔をしかめたが、不良っぽいファッションと共に若者には受け人気上昇。
日本ではマンボ一辺倒の若者がアッという間にロック一辺倒に。

まあエルビスについての詳しい解説は必要なかろうが、兵隊になりドイツに駐留、除隊帰国時にガルウイングのベンツ300SLを持ち帰ったと聞き「さすがエルビス」と羨んだものである。

帰国後のエルビスは芸風が変わり、眉をしかめた大人達の心をも掴むようになる。そんな円熟期に乗っていたのが写真のキャデラック。ホイールベース3157㎜、車重5335kgという堂々の巨体は、大排気量のV8でこともなく加速した。

そのV8は、ボア103.7xストローク103.1㎜で6996cc、圧縮比8.2、183hpx4000rpm、44.3kg-m/2000rpm。ズ太いトルクで豪快な加速。金持ち時代の良きアメリカ車最後の贅沢で大きなフルサイズ大排気量車だった。

エルドラドにはコンバーチブルもあった。その後しばらくの間アメリカからコンバーチブルが消える時代があったが、その最後が76年型キャデラック・エルドラドだった。

1万1187ドルという値段は、リムジン並みに高価だったが、写真はラスベガスのインペリアル自動車博物館の展示品。
観光地ラスベガスらしく曰く付きの車がたくさん有ったが、エルビスの向こうに見えるハンドルは、サミー・デイビスJr,の三輪型ハーレイダビッドソン。

エルビスは、その後大好きなピーナッツバターとコーラに凝り過ぎて、豚まんのように太ったのが災いして、心臓麻痺で突然死んだのがエルドラドを買った翌年の77年6月6日、42才だった。

ついでに、同年10月14日、大歌手ビング・クロスビーが、マドリッドでゴルフのプレー中に死亡。体調が悪いと日本公演をキャンセルしたばかりだったから「罰があたった」と云うファンが居た。

そんな時代の少し前の70年、後にスターとなる人物が「元会社員の怪物」のタイトルでオールナイト日本のDJでデビューする。
ジャズピアニストの山下洋輔が九州で発掘。預けた赤塚不二夫の身元保証でデビュー。中国人、ドイツ人、韓国人、ベトナム人、四人が麻雀中を実況中継するという変わった趣向が大受けで人気急上昇。それがタモリだった。
当時のタモリは、サングラスではなく、片目アイパッチだったと記憶する。

シャム王のドラ-ジュ。エンジンサイドの王旗とマスコットはタイの国章ガルダ。ガルダはヒンドゥー教に出てくる神鳥