【車屋四六】世界に一台リタヘイワースの車

コラム・特集 車屋四六

写真の車が、なんだか判る人は滅多にいないだろう。
1953年型キャデラック・クーペだが、世界にたった一台しかないのだから、判らないのも当然である。

正しい名前を、キャデラック・ギア・クーペと呼ぶように、イタリアの名門カロッツェリア、ギア社に特別注文、云うなればテーラーメイドということなのだ。

注文主は当然のことに金満家ということになるが、ハリウッドの大スター、リタ・ヘイワースと聞けば、古い映画ツウなら、なるほどとうなずけるはず。
車の右端に見えるのがミス・ヘイワース。

53年と云えば昭和28年、日本ではショートスカートが大流行。帝国ホテルでの、クリスチャンディオールのファッションショーが切っ掛けだった。
当時スカートの下にシュミーズという下着を履いていたから、それが短いスカートからチョロチョロ見えるのが男どもには嬉しくて「シミチョロ」なる言葉が流行。さらに町でシミチョロに出会えば「清水ミエ子さん」などと小声で囁いては楽しんだものである。

さて、53年型キャデラックには、下位から62、60S、75など3シリーズがあったが、何故か金満家注文のベース車なのに、最下位モデルの62シリーズを使ったのには疑問が持たれる。

考えた末に行き着いたところは、ホイールベースが最短モデルと云うことである。ごらんのように、流麗なクーペに仕上げるには、短じかな方が良かったのだろう。(写真上:同年代のキャデラック62シリーズ:旭化成社長の車だった)

短いと云っても3150㎜もあるのだから日本の常識では馬鹿デカ。しがって全長5395㎜、全幅2034㎜、堂々たる体格である。
もちろんエンジンは米車の象徴V型8気筒で5296cc、4150回転で210馬力という性能だった。

現在210馬力と云っても驚く数字ではないが、当時の米車はトルクで走るのを特徴としたから、5リッター越えのエンジンから発生する大トルクの加速力は、体感しなければ判らぬ豪快さ。

ベースの62シリーズには、2&4ドアセダン、クーペ、コンバーチブルなど多種存在するが、推測するに、クーペドビルかエルドラードのどちらかだろう。
ちなみに前車は$3995で1万4550台、後車は$7750と高価な車らしく総生産量は532台だが、どうせ上物は捨てるのだから、シャシーが同じの安い方を使ったのかもしれない。

ちなみに、フル装備のエルドラードに対して、クーペドビルでは、ホワイトサイドウオール・タイヤ$48、パワーステアリング$177、オートマチック変速機$189、エアコン$620ドルなど、オプション費用が必要。(現在$1は100円前後だが当時の360円でお考えを。ついでに大卒初任給7~8000円の頃である)

当時の生産記録を見ていたら、たった4台だけシャシーを販売というのを見つけたので、それかもしれない。
いずれにしても、こんな車一度で良いから注文してみたいものだ。

リタ・ヘイワースは1918年ブルックリン出身。メキシコ映画の脇役が認められてハリウッド入りしたが脇役ばかり。が、39年コロンビア映画コンドルの主演で一躍スターの座に。(写真右:朝鮮動乱ではマリリン・モンロー、第二次世界大戦中のセックスシンボルはリタ・ヘイワースだった。ついでに歌はドリスデイの“センチメンタルジャーニー”)
以後人気上昇。戦争中は“ハリウッドのセックス女神”の愛称で人気街道をまっしぐら。58年の旅愁ではアカデミー賞も。
戦中、戦後、傑作を連発するが、87年アルツハイマーで死去。

49年、印度の大富豪マハラジャのアガカーン王子との結婚式ではフランス香水で庭のプ-ルが満たされたのが話題に。

下世話ばなしで、彼女の年収は47年コロンビアとの契約が25万ドル(360円/$)+主演映画興行利益の50%。
話題の車が誕生した53年の日本は、NHK―TV本格放送開始。日本女優の年収①木暮実千代857万円②美空ひばり809万円③笠置しず子739万円。男優①片岡千恵蔵1207万円②長谷川一夫998万円。
どう転んだところで、キャデラックを特注するには桁違いである。