【車屋四六】デューセンバーグと呼ぶ超高級車

コラム・特集 車屋四六

長年行きたかったグランドキャニオン、自動車取材では縁がないので一人旅。ロスから中継地ラスベガスに着いたその日に自動車博物館を見つけたのは博打嫌いの私にはラッキーだった。

場所は有名なシーザースパレス向かいのインペリアルパレスホテルと、たいそうな名のホテルで、一階はお定まりの賭博場で、エレベーターで五階に上がると博物館という仕掛け。

入場料6ドルの博物館の目玉は二つ。一つは有名人の愛用車達、そして二つ目が特別室に並んだ超高級車群。
前者はカジノの町にふさわしい話題性ありの一群で、ヒトラーのベンツ、ケネディー大統領のリンカーン、ムッソリーニ愛人のアルファロメオ、エルビスプレスリーのキャデラック、サミーデイビスJr,のインディアン、昭和天皇がマッカーサー訪問時のパッカード等々と説明付きの車がずらり。

二つ目の特別室は圧巻。いまなら一台数千万円という高級車、それも同ブランドの車が、何と30台ほども一部屋に並んでいれば驚かない方がおかしい。
1913年、フレッドとオーガストのデューセンバーグ兄弟が“デューセンバーグモーター社”を設立。ドイツで開発されたガソリン自動車に魅せられ、独学で自動車設計の技術を習得し、世界有数の高性能車を手造りで送り出していくことになる。

左、中央、右と三列豪勢に並んだデューセンバーグ特別室の偉容。前部が超高級車だけに圧巻/圧倒される思いだった

20年(大正9)には、アメリカでラジオ放送が始まり、禁酒法が施行された。この禁酒法で大儲けのギャングの親分たちもデューセンバーグを愛用する連中だった。

高性能なデューセンバーグは、廉価版がない高級車、それも超が付いたから、全車ステイタス性では超一流、ハリウッドの大スター御用達でもあった。
J型を愛したのは戦前一世風靡の大女優グレタ・ガルボ、ショートホイールベースSSJ型には、ゲイリー・クーパーが乗っていた。

ちなみに写真は32年型スーパーチャージャー付きSJ型マーフィー四座席コンバーチブルクーペ。マーフィーはニューヨークのボディー架装会社名で、クーペは36台製造されたという。

もちろんオーナーは著名人ばかり。クラーク・ゲイブル、ビング・クロスビーも頭が上がらなかったと云われる大歌手アル・ジョルスンなどの名前が出てくる。
32年は、東洋で満州国が建国され、清朝最後の皇帝愛親覚羅溥儀が皇帝に就任した年でもある。

デューセンバーグは、WWⅡ以前の高級車の習慣で、シャシーだけが販売されたが、初期型のSJが1万1750ドルで、マーフィーのボディー架装代金が3500ドルだったそうだ。
が「もっと大型なら2万5000ドルはしたからフォードなら50台分だった」とは係員の説明。

で、気になるエンジンは、直列8気筒DOHCで6882cc、スーパーチャージャー加給で320馬力、後期モデルでは400馬力に達したという。
最高速度140マイル、km/hに換算すれば225㎞になる。

金満家と超一流芸能人御用達で栄耀栄華を誇ったデューセンバーグは、パリ万博が開かれた37年を最後に市場から消えていった。
WWⅡ以前の30年代後半は、高級車には受難の時代で、著名な高級車が続々と消えていった。
もっとも、WWⅡを生き抜いた、高級車パッカードも50年代に消え、老舗のハドソンやスチュードベイカー、ナッシュなども生き残れなかった。で、合併消滅の繰り返しで、アメリカはビッグスリーの時代に進んでいくのである。

デューセンバーグ・クーペ:両サイドのスペアタイヤにはバックミラー付きカバーが・大きなヘッドランプは高級車の風格

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