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第308回・トランジスタイグニション見参

車屋四六のGood Days&Good Cars

 永井電子という会社がある。60年頃、世界に先駆けて電子回転計を開発して成功。次に、日本初トランジスタイグニションを開発、会社の発展に拍車を掛けた。

 ウルトラ・トランジスタイグニションの誕生は、電子回転計発売から3年ほどが経った頃。が、今にして思えば、それはセミトランジスタ型と呼ぶやつで、現在のようなフルトランジスタ型ではないが、当時としては革命的製品だった。

 それまでのイグニション=点火装置は、ディストリビュータ内部の回転カムが、ブレーカーポイントを流れる電流を断続→高圧コイル一次側電流も断続→二次側コイルに高電圧発生→スパークプラグに飛ぶ火花で燃料燃焼という仕掛けである。

 が、整備調整直後は快調でも、火花が飛び続けるブレーカーポイント面の焼損、またカムとの摺動部分の摩耗で減少するポイントのギャップで、火花が弱くなるという欠点があった。

 というわけで、走行1000粁を超えると、焼損したポイント面をオイルストンで磨き、面のギャップを正しく調整するという作業の繰り返しが必要になる。

 そこで、一時電流を減少させれば発生火花が弱くなり焼損率も低下するという理屈で開発されたのが、永井式セミトランジスタイグニション。で、電流減少で低下する出力を、トランジスタで増幅するという仕掛けである。

 当初セミトラの心臓部はゲルマニュームだったが、シリコントランジスタが実用になると共に性能も向上する。それがやがてポイント焼損皆無のフルトランジスタ型の源流となるのだ。

 永井電子から「失礼な」と叱られるかもしれないが、永井電子は強運の持ち主である。回転計は日本グランプリで火が点くスポーツ熱にのり、欧州でも人気者になる。また、セミトラ誕生の年は、その日本GP開催の年で、いち早く目を付けたメーカーチームに採用されて、檜舞台にお目みえとなったからである。

 それ以後は、永井のセミトラと回転計、そしてハンシン高圧コイルのコンビが、レースカーの必需品となる。レース人気に引きずられれば、市販も伸びるのは他商品と同様である。

 永井のラッキーは、さらに続く。67年(昭42)公害対策基本法が施行され、69年運輸省から排気ガス規制CO2.5%、70年のHC規制で安定燃焼が必要になると、電子点火の出番となる。さらに73年の石油ショック。燃費の低減に安定強力なスパークといいう理由から、ますます歓迎の度は増していく。

 もっとも永井のラッキーは天から降ってきたものではない。常に自動車メーカーや大企業が手を付けていない部分に目を付けて、先行開発に努力を続ける姿勢が、ラッキーを呼び込んだのだろう。

 永井式セミトランジスタイグニション誕生の、昭和38年頃の日本は、漫画ブームが頂点を迎えた頃で、それまで人気の少年少女向け雑誌の廃刊が続いた。

 少年キング、週刊マーガレットなど漫画雑誌が創刊され、TVでは赤塚不二夫の“おそ松くん”、藤子不二雄の“おばけのQ太郎”、石森章太郎の“サイボーグ009”、白土三平の“カムイ伝”や“忍者武芸帖”などが人気だった。そのほかにも“8マン”ゼロ戦はやと”“紫電改のタカ”“忍者月光部隊“なども人気で、子供ばかりか大人までがTVの前に張り付いた。

 結果、私達昭和一桁生まれ以前の古い教育を受けた連中が「何と情けない恥ずべき行為」と眉をひそめた。だいの大人が人前で漫画を読むという習慣が当たり前になってしまったからだ。



(写真1)永井電子の出世作となるウルトラ電子回転計の広告。レースやスポーツカーを楽しむ欧米でも人気商品となる。

(写真2)ウルトラ・トランジスタイグニション/ルボラン記事:初期セミトランジスタ型とフルトラ型CDI。ウルトラ装備のRX-7は米国ボンネビルでC-GTクラス230mph=383.6km/hで世界記録樹立。

(写真3)ハンシンGTコイル:ウルトラとコンビでレースラリーに活躍した知名度で一般車両にも愛用された。オイル封入の高性能イグニションコイルだった。

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掲載日:2014/10/02

この記事のカテゴリ:連載・クルマ昔話